エイズ撲滅を願い、フレディ・マーキュリーの誕生日を祝う配信イベント「MUSIC LIFE CLUB Presents FREDDIE FOR A DAY 2021」が9月5日開催された。 当日は第一部「クイーン全曲解説」の著者・クイーン研究家の石角隆行さんと、クイーンを撮り続けてきたフォトグラファー・浅沼ワタルさんの対談、第二部ミュージック・ライフ編集長・東郷かおる子さん、80年代東芝EMIでクイーンを担当された、森俊一郎さん、石井由里さんによる鼎談、その間に<ひとりクイーン>teaさんのライヴを交えた構成で行われた

ハッピー・バースディ・フレディ! さまざまな角度から語るフレディの素顔

「フラッシュ・ゴードンのテーマ」tea

第一部 石角隆行さん×浅沼ワタルさん

浅沼さんがクイーンを最初に撮影された伝説のリッジファーム・スタジオでのミュージック・ライフ(ML)誌取材、写真をモニターに写しながらから話はスタート。初対面のメンバーは浅沼さんの目にどう映ったのか

浅沼:東郷さんが日本から持ってきたお土産のお面(ひょっとこ、鬼、翁など)を使った撮影(1975年9月号表紙)が最初、素直にこちらの要望を受け入れてくれて撮りやすかったですね。フレディ・マーキュリーは中心になってメンバーそれぞれの絵を作ってくれた親分。ロジャー・テイラーはやんちゃでイタズラ好き、ブライアン・メイは物静か、ジョン・ディーコンはそのまま流れについていく…という印象でした。でも、これまで多くのバンドを撮ってきたから、直感的に<もしかしたらこのバンドは化けるんじゃないか!?>と思いました。

クイーンはまだ「ボヘミアン・ラプソディ」を出していない時期、メンバーと親密になった浅沼さんは直接オファーを受け、その「ボヘミアン・ラプソディ」のミュージック・ビデオの撮影現場を撮影することになる。

浅沼:カメラマンは僕だけで、夜8時くらいから撮り始めて夜中の3時くらいに引き上げましたけど、メンバーはまだまだいたと思います。

76年『華麗なるレース』レコーディング中に行われた英国内ツアーにも密着撮影を行ったショットも披露された。

石角:楽屋ショットには前年に日本で買った着物も写ってますね、メンバーもリラックスしていて。楽屋も自由に出入りして撮影できたんですか。

浅沼:当時はフレディも許可してくれてたのかな〜、だんだんメンバーとの距離があいていきました。

石角:ステージ写真を見ると男性ファンが多いですね。で、このツアーで浅沼さんが撮られた写真がアルバム『華麗なるレース』の見開き内ジャケットに使われてます。

浅沼:ジョンとロジャーとフレディは僕ですけど、ブライアンは英国人のカメラマン。ステージが広いので4人一緒には収まらないんです。

石角:ブライアンのカットは合成されてますね。

浅沼:レコード会社からは写真を使う連絡もなく、ジャケットにクレジットも入ってないんですよ。

最初に撮影をしたリッジ・ファームからたった一年でビッグな存在になったクイーン。77年ハイドパークでのフリー・コンサートではローリング・ストーンズの記録を塗り替え15万人を集めた。

石角:取材やライヴ、プライベートも撮影された浅沼さんですが、フレディの印象というのはいかがでした?

浅沼:僕から見れば彼はバンドのボス。彼が先導して3人を引っ張っていったんじゃないかな──と思います。

石角:さて、85年の日本公演も含め、クイーンとともに約7年間、随所で撮影されてきた浅沼さんですが──今日はみなさんにお知らせがあるそうで。

浅沼:初めてのクイーン写真集が発売になります。

石角:表紙写真は?

浅沼:「ボヘミアン・ラプソディ」のPV撮影のときのものです、多分これになるのではないかと思います。

石角:「クイーン 輝ける日々の記憶」というタイトルですが、発売は11月?

浅沼:11月中旬から下旬予定です。

石角:フレディの命日(11月24日)までには出て欲しい、楽しみです。

浅沼:よろしくお願いします。

石角:発売記念のイベントとかもできたら…。今日はありがとうございました。

浅沼:ありがとうございました。

 

「ボヘミアン・ラプソディ」tea

第二部 東郷かおる子さん×森俊一郎さん×石井由里さん

元ミュージック・ライフ編集長の東郷かおる子さん、84年のアルバム『ザ・ワークス』以降クイーンを担当されたレコード・ディレクター森俊一郎さん、石井由里さんが語る80年代のクイーン。

:僕は『ザ・ワークス』が出た1984年、ロジャーとジョンがプロモーション来日したときから担当しました。日程が3〜4日しかなかったので、取材をかなり詰め込めこんでしまい、当時赤坂溜池にあった東芝EMI本社の会議室で缶詰状態に。でも二人は本当によく働いてくれました。そのかわり夜はディスコ巡り。

東郷:ミュージック・ライフの撮影は東芝EMI本社の屋上で。

:実はあそこは首相官邸が見えるのでダメなんですけど。5分10分ならいいだろう…と守衛さんに開けてもらって。

東郷:でも30分くらいいたけどね(笑)。

:この来日でこの二人とは仲がよくなれたので、85年のツアーのときも二人の担当でした。居酒屋に連れて行って定食を食べたり、向こうのパブとは違った日本の居酒屋を気に入ってました、庶民的なところが好きなんですね。たしかツアーの打ち上げも赤坂の居酒屋を借り切って、クルーとかも皆んな来て店を破壊するくらいに楽しんでくれて。ジョンはあのままのマイルドな人ですが、若干酒癖が…(笑)。

東郷:ブライアンとかも酔っ払うわけ?

:飲んでたとは思いますけど、もしかしたら途中で帰ったかも。ロジャーとジョンは常にいるんですけど。

東郷:ブライアンは人前で崩れるイメージはないから。

:ツアーの合間にギター・クリニックをやって、その帰りに渋谷でうどんを食べて帰った──って話は聞いてます。今はもうないけれど、宮益坂を上った左側のうどん屋で。

東郷:髪の毛が入らないようにかき上げながら(笑)。

クイーンとして1985年に最後の日本公演を行ない、フレディ・マーキュリーも同年ソロ・アルバム『Mr.バッド・ガイ』出すなど、個人活動が始まっていく。

:クイーンは東芝EMIでやっていましたけど、フレディの関心はどちらかというとソロ、そこはCBSソニー仕切り。ですからクイーンとしてフレディの取材時間をとるのは苦労しました。

東郷:フレディの取材はいつも大変なんだけど、あの時はいとも簡単に取材できた──でもホテルで「ボーン・トゥ・ラブ・ユー」のビデオをフレディ本人からなんども見せられて、画面を止めては “ここの僕ってサイコーよね”って(笑)。この頃はクイーンの解散説もあった。

:あの頃はメンバーそれぞれに通訳、車、セキュリティがついて、接していてももうバラバラ。でもすぐ解散ってことはないだろうなとは思ってました。ステージは鳥肌が立つくらい凄くよかったですから。

東郷:完成されてて、これ以上のクイーンはないんじゃないか──と思ったら『ライヴ・エイド』が凄くて。で、この翌年に石井さんが担当。

石井:86年です。アルバム『カインド・オブ・マジック』は別の大先輩が担当で、私はフレディのお忍び来日の担当。本国のEMIから<フレディが日本に行くが、プライベートで仕事は一切しないからケアはしなくてよいが、知っておくように>と連絡があって。ところが1ヶ月くらい経ったらまたEMIから<フレディが飽きてしまった>と連絡がきたんです。その前には足利の栗田美術館をはじめ、焼き物を見て回っていたそうです。

本来の目的であった自宅に作る日本庭園に必要な「火鉢」などを買いまくり、梱包された火鉢でホテルの部屋を埋め尽くしたフレディからミュージック・ライフ東郷編集長のインタビューを受けたいというリクエストが。ところが東郷さんは海外出張中、そこで担当石井さんのセッティングで編集部塚越さんが取材。

石井:飽きちゃった──というその前には足利の栗田美術館をはじめ、焼き物を見て回ってたそうです。このときのフレディは機嫌も良く、しばらくぶりの取材ということでスイッチが入ったのか、明るいブルーのサテンのスーツでキメてきて、そのスーツを褒めるとすっごく嬉しそうにニコ〜って笑ってました。取材の塚越さんが華奢でウェストも細いのを見て、“まぁ〜細いウェスト、こんなのは見たことがない”と言って、そこからはフレディと塚越さん、私、三人のガールズ・トーク的な話が始まって。

東郷:機嫌のいいときのフレディは本当に可愛い。

:一度、EMIで一緒に会食をしたときもご機嫌で、スプーンでアイスクリーム投げをしたり子供みたいなところもあるんですね(笑)。僕も機嫌の悪いフレディには幸運にも会ってない。

東郷:70年代後半から80年代に入った途端にクイーンはどんどん世界的になって、そこをこちらは扉をこじ開けるように取材をしてたからフレディが機嫌がいいときなんてないわけ。当時はフレディ専任のマネージャーがいてこれが渋くて、彼を通さないとフレディがOKしているのかしていないのかがまず分からなかった。そのうちに彼は離れたので、来日時のリストに入っていないのを見てバンザイ(笑)。だから『Mr.バッド・ガイ』の取材は楽だった。

クイーンは84年の『ザ・ワークス』以降本道に戻った作品をリリースし、そして「ライヴ・エイド」で復活。現地ウェンブレー・スタジアムでその現場を目撃した東郷さんもフレディのエンターテイナーぶりも含め、バンドとしてのクイーンの凄さを再認識したステージだった。その後86年にヨーロッパを回った「マジック・ツアー」も大成功、しかしこれが4人揃ってのツアーとしては最後となる。

石井:ツアー明けにお忍びで来日したフレデイ、取材の合間にいろいろお友達の話をしてくれました。サッカーが好きで、ヨーロッパで試合があると仲良しとバスを仕立てて観戦に行くそうなんです。フレディを含めた仲良しの三人は、それぞれ身体的に明らかな特徴があるので、互いにそのパーツで呼び合っていて、フレディは歯なのでteeth、一人はワシ鼻なのでnose、もう一人は髪が薄いのでhair。誰だか分かります? 誰でも知っている有名な人で(笑)、noseはロッド・スチュワート、hairはエルトン・ジョン。その三人とお仲間でサッカー観戦に行くそうです。エルトンは分かるんですけど、ロッドが意外でした。この三人は仲がいいけどよくケンカもします──と言ってました。で、それを束ねてる大物がさらにいて、mamaと呼んでるそうなんです。存在がmamaで、なんでもできる人で、EMIを代表する大物ミュージシャンでサーの称号もある人。誰だと思います? サー・クリフ・リチャードです。

東郷:クリフは英国の国民的スターだからね。

音楽業界の中にはサー・クリフ(mama)・リチャードを中心とした<若いアーティストたちにマナーを教える>という流れがあり、ジョン・ボン・ジョヴィもエルトン・ジョンからレコード会社との会食時のマナーを教わったとか。

東郷:今日はフレディの誕生日、生きていたら75歳ですけど、今だったら何をしてるかな? もしかしたらスパっと止めてるかもしれないし。

石井:飽きちゃったって。

東郷:ジョンも、もしフレディが生きてたらクイーンとしてやってたかもしれない。ジョン・ディーコンはこちらが思う以上フレディに入れ込んでたみたいだから。

:もし生きてたら、フレディってもっと違うジャンルのアーティストとしてやっていたかも。

東郷:映画音楽とかもやりそうな気がするし、彼はもっとワイドレンジな感じがする。今こうしてフレディのことを思い出して語ると、彼は多岐に渡るわね。

石井:引き出しがいっぱいあって。

:凄い人です。

ミュージック・ライフ誌の人気投票で1975年〜1982年の間7回1位を獲得したクイーン、日本から世界にその人気が広がったといっても過言ではない。実際そのクイーンを1位から引きずり下ろしたデュラン・デュランは初来日の頃、メンバーのジョン・テイラーが東郷編集長に“僕たちもクイーンのように有名になれるかな…”と聞いてきたそうだ。

東郷:今日は元東芝EMIクイーン担当ディレクターの森俊一郎さん、石井由里さんと一緒にミュージック・ライフの取材を通してのクイーンの話をいろいろとしてきました。では、最後にteaさんにもう一曲歌っていただきます、よろしくお願いいたします。

「ドント・ストップ・ミー・ナウ」tea

東郷:teaさんありがとうございました。今日はいろいろな方に来ていただきました。これからもエイズ撲滅を願って「FREDDIE FOR A DAY」、また、皆んなでお会いしたいと思います、ありがとうございました。

 

「FREDDIE FOR A DAY 2021」ご視聴ありがとうございました。 現在収益の一部をマーキュリー・フェニックス・トラストへ寄付させていただく「ミュージック・ライフ特製メッセージ・カード」をSHINKO MUSIC RECORDS SHOPで販売いいたしております。

「FREDDIE FOR A DAY 2021」の様子はYouTube「MUSIC LIFE CHANNEL」でご覧いただけます。(YouTubeでの公開期間は期間限定公開中)

 


浅沼ワタル、初の写真集「クイーン 輝ける日々の記憶」が11月中旬に発売されることが発表されました!

かってロンドンに暮らし、花盛りのロック・シーンをフィルムに収めたフォトグラファー、浅沼ワタル。1975年の出会いからクイーンと親交を深めた彼が撮影した、貴重な瞬間がここに。 リッジファーム・スタジオ、「ボヘミアン・ラプソディ」MV 収録、ハイドパーク・フリー・ コンンサート、全英ツアーなど未公開写真多数収。


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    ※本書は、2001年に株式会社DHCより刊行された『フレディ・マーキュリー 華麗なるボヘミアン・ラプソディ』の原書の「2009年エディション」を完全新訳したものです。

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