東急プラザ渋谷111-ICHI ICHI ICHI-にて2023年3月8日〜21日の期間開催された『ザ・ビートルズ:Get Back』発売記念写真展に於いて、ミュージシャン杉 真理さんと音楽プロデューサー川原伸司さんによるトークショーが開催された。川原さんは杉さんのデビュー・アルバム『Mari & Red Stripes』の担当ディレクターでもあり、共にビートルズ・フリーク。かなり細かな話題が散りばめられたトークショーとなった。

’65年~’67年は毎年ビートルズのアルバムが出て価値観がどんどん変わっていった時期だから面白い


川原伸司(以下川原):僕は中野生まれの中野育ち、昔は渋谷って行っちゃいけない町だった(笑)。66年に道玄坂にヤマハの渋谷店ができて、それまで輸入盤は銀座で買っていたのをそこで買うようになって、それから渋谷に行くようになった。

杉 真理(以下杉):僕は博多から親の転勤で小学校の頃大田区に引越してきて、67年頃買ってもらった自転車をひたすら漕いでようやく着いたのが道玄坂上。渋谷では映画版の「ナポレオン・ソロ」とかを観たのを覚えてます。

川原:この東急プラザは昔(1965年渋谷東急ビル)からあって、2019年に建て直された(再開発で2015年閉館、新複合施設「渋谷フクラス」内で復活)。

:今日はビートルズの話ですよね、話し出すといっぱいありすぎて困るので1965年くらいから原体験した者として、当時のビートルズがどんな感じだったかを振り返ります。ちょうど僕は小学校6年から3年くらいの時代。

川原:僕は中学3年くらいから。アルバムでいうと『ラバーソウル』『リボルバー』『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』とかその辺り。毎年アルバムが出て価値観がどんどん変わっていった時期だから面白い。今日ここに展示されている写真もその時代のものだから、そんな話をしましょう。

 

『ラバー・ソウル』(1965年)と、その前夜

 

:『ラバー・ソウル』の前にシングルが出たじゃないですか。

川原:「恋を抱きしめよう(ウィ・キャン・ワーク・イット・アウト)」と「デイ・トリッパー」の両A面扱いのカップリング。邦題の「恋を抱きしめよう」がイヤだったけど、途中が三拍子に変わったりする凄く革新的な曲で大好きだった。あの辺りからジョン・レノンの曲がカップリングの方に回されることが多くなったかな。『ラバー・ソウル』は最初ラジオで「ミッシェル」「ガール」とかメロディアスな曲がよくかかって勝手にチャートにも入っていたから、タイトルの『ラバー・ソウル』も先にタイトルだけラジオで聞いて〈恋人の魂〉という意味だと思ってて、(笑)、またラブ・ソングがいっぱい入ってるんだろうな──って思ってた。それが〈靴底〉と〈ソウル(魂)〉のダブルミーニングだと知ってからは、明らかにポップスが変化しつつあるんだってひしひしと感じた。ジャケットも変だったし。

:曲は何が一番印象に残りました?

川原:「ドライヴ・マイ・カー」。未だに上手くリズムがとれない曲。

:そうそう、イントロの拍子が裏から入ってる。

川原:よくあんなことを考えつく。よっぽどバンドとしての互いの相性が良くないと、ああいう奇跡のようなことは生まれない。

:「抱きしめたい」も裏から入る、ワン、トゥ、スリー、ジャジャジャーンって。かまやつひろしさんが、“だから、日本人が聴いてるとどこかで辻褄が合わなくなる、それが分かっていたのは大野克夫(ザ・スパイダースのキーボーディスト)さんくらいじゃないか”って仰ってました。

川原:「ドライヴ・マイ・カー」はハーモニーも分からなかった。それまで三度ハーモニーだったり、分かりやすいエヴァリー・ブラザーズ系のフォークソングによくあるコーラスだったけど、この曲は主旋律もまた分からなかった。

:主旋律はずっと〈G〉のままなんだけど、〈オーギュメント〉と変な〈9th〉みたいなハーモニーですよね。

川原:「カム・トゥゲザー」もそういうとこがあるよね。普通のハーモニーの解釈では作れない。

:ビートルズは上手いよね。

川原:上手い。

:それをあの薄いサウンドのバックでやる。

川原:だから本当にアンサンブルが素晴らしいバンド。フィル・スペクターの<ウォール・オブ・サウンド>みたいにどんどん音を重ねていくっていうのは難しいようで簡単なのね。あれはそんな難しい作りじゃない。小編成であれだけアンサンブルを作るのが音楽的には一番難しい。だから完璧なバンドだな──っていう気がします。

:当時から「ドライヴ・マイ・カー」は凄いと思ってたけど、あの「Beep, Beep, mm. Beep, Beep, yeah っていうのはよく思いついたな。あのハーモニーはメッチャ難しいんですよ。それをやる3人って凄いですよね。

川原:どういうつもりなんだろうね。

:『ラバー・ソウル』では、他にも「ひとりぼっちのあいつ(ノーホエア・マン)」が昔から好き。20年くらい前、川原さんがあの曲はエヴァリー・ブラザーズの「ディヴォーテッド・トゥ・ユー」の影響じゃないかって仰ってて、確かに言われてみると。

川原:昔から聴いてたからね。だからメロディ・モチーフの引用は、よく〈パクリ〉だとか言うけど、リズム・モチーフのパクリってメロディが違うから皆んな気が付かない。でも「ノーウェア・マン」と「ディヴォーテッド・トゥ・ユー」は譜割がまったく一緒。例えば滝廉太郎の「花」はドヴォルザークの「新世界」。♫春の〜うらら〜の隅田川〜って「新世界」の譜割で歌える。実はそういうリズム・モチーフを引用するパクリというのはなかなか分かり難い。だから、リズム・モチーフとメロディ・モチーフの引用は曲を作っているとよく分かる。ジョン・レノンは「ディヴォーテッド・トゥ・ユー」を元にした。

:「ひとりぼっちのあいつ」のハーモニーってジョン・レノンが三声を歌ってる説があって、僕もそうとしか聞こえない時期があったんですけど、今は違うと思ってます。川原さんはどうですか?

川原:日本公演を聴くと、あぁ三声ってこういうことだと思うけど、あっさりしたハーモニーだった。だからレコードはあのベタっとした重たい感じとか、未だにジョン・レノンが多重録音をしてると半分くらい思ってる。

:アルバム『イエロー・サブマリン ソング・トラックス』だと三声の定位が分かれていて、一つはジョージの声に聞こえたんです。もう一つの上のパートはジョンに聴こえるなぁ…でもポールが真似てるのかなぁ…と思ったんですけど、新しく出た『リボルバー・スペシャル・エディション』で「レイン」を聴いたら、ポールが歌う上のハモがまるでジョンみたいだったから、あ、これはポールがジョンに合わせたんだな──と思ったんです。まるでジョンでしたよ。

川原:いい時のバンドって声が似てくる、杉さんとやってる時は僕の声は杉さんに似て、その後やったTHE GOOD-BYEの時も同じ声になってた。

:波長が似てきて、どっちがどっちだかわからなくなる。「アイム・オンリー・スリーピング」の初期のテイクではジョンとポールが歌ってるのに、ジョンのダブル・ヴォーカルにしか聴こえなくて。途中からポールだっていうのがわかる──ということがあるので、ポールってやっぱり色んなことができるんだなって今更ながら思いました。

川原:「ユー・ノウ・マイ・ネーム」の変な声も、井上陽水さんに言わせると、“あれはポールの声です”って。こういうくだらないことをやるのはジョン・レノンでしょって言ったんだけど、“これはポールです”って決めてた。あの人、声には凄く敏感だから。

:ポールの声に関してびっくりしたのは、「タックス・マン」の“1,2,3”っていうカウントはジョージだとばかり思ってたんですけど、ポールだと書いてあって。

川原:後で他のところからカウントを持ってきた。

:トライセラトップスの和田君も“えっ!ジョージじゃないんですか!?”って大ショックを受けてました。僕はポールの『ヴィーナス・アンド・マース』に入ってる「あの娘におせっかい」の曲頭の喋りを聴き直して、同じ声なのを発見して納得しました。

 

『リボルバー』(1966年)と来日公演の影響

 

:では『ラバー・ソウル』はこの辺りで。続いて『リボルバー』ですが、その前に「ペイパーバック・ライター」「レイン」の両A面シングルがでました。

川原:日本公演で「ペイパーバック・ライター」を歌ったのでびっくりした。
まだよく覚えてない曲を、新曲だからってやった印象が強かった。小編成であれだけのアンサンブルを作ったのは一番最盛期だったから。エンジニアがノーマン・スミスからジェフ・エメリックに変わってベースも凄く迫力が増して、ロックだなぁって音だった。

:「ディスカバー・ビートルズ」という番組をNHKで一年やらせていただいて、色々な特集をしたんですけど、60年代は〈ギター・リフの曲〉が凄く多いじゃないですか、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」やバーズの「ミスター・タンブリンマン」、ビートルズも「アイ・フィール・ファイン」「ディ・トリッパー」とかギター・リフのヒット曲が次々と出てくる。「ペイパーバック・ライター」はその最後のほうですよね、その後にそれを真似っこしたようなモンキーズの「恋の終列車」が出る。

川原:ボイス=ハートの作家チームが作った曲、最初ラジオで聴いてびっくりして、慌てて家に帰って、モンキーズのデビュー曲には別の作品を用意していたらしいんだけど、もろインスパイアされて作ったらしい。

:いいギター・リフってその曲の一部だし表札みたいなものだから、最近の〈イントロは聴かない〉っていうのはもったいないなぁ、損してるよね。で、『リボルバー』の「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」の最初のヴァージョンを聴いたら「ペイパーバック・ライター」をハネてる感じで、まるで同じ。キーも同じでオクターブ違う弾き方をしてる。解説を見たら、「ゴット・トゥ・ゲット〜」の方が先にレコーディングしてるんですね。だからイントロはブラスにしたのかな。

川原:一番最後の間奏のところに「ペイパーバック〜」のフレーズが出てくるけどね。

:でも、それが同じだってずっと気付かなかった。知ってました?

川原:うん。『リボルバー』が出たのは日本公演が終わった後で熱冷めやらぬ頃なのに、女の子のファンが急激に減ったの。“ビートルズ、最近怖い”って。「イエロー・サブマリン」c/w「エリナー・リグビー」がアルバムの先行シングルで、ちょっと不思議な歌でしょ。〈「イエスタディ」に続く弦楽四重奏の新曲〉って「エリナー・リグビー」を紹介されても分かりにくいし、「イエロー・サブマリン」は当時何となくドラッグ・ソングで不思議な曲でリンゴ・スターのシングル盤か…って思った。女の子のファンが急激に減ったという印象はモンキーズが出てきたから。一時期はビートルズを凌ぐ人気があって、彼らがいてくれたおかげで、ビートルズはどんどん実験的な方向に行けた。

:よく聞く話で、『ラバー・ソウル』を聴いたビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが『ペット・サウンズ』を作り、ポールは『ペット・サウンズ』を聴いて、『リボルバー』に入ってる「ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア」を作った──という話、あれ本当ですかね? ポールは時々記憶を改竄するので(笑)。

川原:僕も本(「ジョージ・マーティンになりたくて〜プロデューサー川原伸司、素顔の仕事録〜」)を書いて分かったけど、都合よくしちゃうね。

:でも、だから…「神のみぞ知る(ゴッド・オンリー・ノウズ)を聴いて「ヒア・ゼア〜」かぁ…影響あるのかな」

川原:例えば、ブライアンってベース弾きなんだけど、コードに対するテンションの音が本当に変で。

:でもそれだったら「フォー・ノウ・ワン」(が影響を受けた曲)だと思うんだけど。でもレコーディングの日付を見ると、「フォー・ノウ・ワン」の時はまだギリギリでポールは『ペット・サウンズ』を聴いてない。

川原:「フォー・ノウ・ワン」はサイモン&ガーファンクルの「早く家へ帰りたい(ホームワード・バウンド)」でしょ。初めて聴いたときそう思った。ジョージ・ハリソンも好きな曲で後にテレビでポール・サイモンと一緒にハモってたりしてる。

:『リボルバー』で最初に好きになった曲は?

川原:それは杉さんと同じ。

:僕も川原さんも「トゥモロウ・ネバー・ノウズ」。変わってますよね、あんなの聴いたことがなかった。

川原:何が凄いかって、『ラバー・ソウル』も『リボルバー』も、ビートルズを聴くと未来が見えちゃうんだよね。例えばスピルバーグの映画も未来を見せてくれる、ビートルズも先進的だから音楽の未来像を見せてくれる。そこが凄く興味深いところだった。

:当時高校生のお兄さん(川原さん)はそう思ったんでしょうね。僕は中学生だったからそういう俯瞰した物の見方はできなくて、現実に開いたワームホールみたいで、なんじゃいこりゃ!? ここはどこ? って感じでした。

川原:魔法にかかったみたいだね。

:曲の中に逆回転した、カモメが鳴いてるような音がたくさん出てきますけど、あれはポールの笑い声を逆にしたものって聞いたんですけど。

川原:面白い音を出そうと思ったらなんでもやる人たちだもの。

:僕もやってましたけど、なかなかカモメにならない(笑)。

川原:今回の『リボルバー・スペシャル・エディション』を聴くと、リンゴのドラムもテープループで使ってたね、二廻しくらいしたのを録って。

:サンプリングの元祖。で、曲はワン・コード。ビートルズ研究家の藤本さんにも言われましたけど、ビートルズはインドの影響が凄く大きいですよね。

川原:ああいう演奏は今だったらステージでも可能だけど当時は無理だったし、ましてやステージにうんざりしてスタジオに籠ってたから、あれは凄く革新的なドラムの音の走りだよね。今は当たり前に聴こえるかもしれないけど。

:「タックスマン」の間奏のポールのギターもインド・フレーズ。解説を読んだらポールは「エリナー・リグビー」のことも“インドなんだよ“って言ってる。そうなるとかなりの割合でカレー・スパイスが効いてますね(笑)。

川原:「エリナー・リグビー」もほとんどワン・コードだからね。頭のコーラスもEmの中で動いてるだけだから。だからワン・コードの中で色々メロディを作っていくというのはインドっぽい。

:拍子が変な取り方をしてる曲も多い、アルバムはそんな曲だらけ。「グッド・ディ・サンシャイン」でさえそうだし。色んなところにインドの要素があるな──と思いました。ジョージの「アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー」の最後の方でもインド風コーラスをポールがやってるんですよ、〈インドこぶし〉を。『リボルバー』のレコーディングを終えての日本公演ではジョージの「イフ・アイ・ニーデッド・サムワン」のコーラスにもポールはインド・ハーモニーをやる。それまでそういう歌い方はしてなかったですよね。

川原:最後のア〜〜ってところ。

:『リボルバー』を経たポールは「イフ・アイ〜」の歌い方をちょっと変えてカレー風味にしてる。アルバムのジャケットはどうでした?

川原:ジャケットは大好き。裏側は新しい写真だったけど、表はイラストがメインで今まであった写真のコラージュ。モノクロで地味だけど変。

:変ですよね、僕も大好きです。怖いっていう気持ちも分かります。

川原:アイドルの杓子定規なところから外れてきてるから。

:日本公演をご覧になってるんですよね。

川原:高校一年生の時。1966年はそれこそ杓子定規な大人社会の中に子供たちがいて、モラトリアムな時期を経て、立派な社会人になりなさい──というのが当たり前で、学校生活は学生服を着て髪の毛の長さも規則がある時代だった。だから日本公演を観たことで、〈自由ってこういうことなんだな〉っていう鋳型を見せられた気がして、〈こういう風に生きれば自由な人間として生きられるんだ〉というのをビートルズを体験したことで得たような気がする。自由に生きる見本を見ちゃったから、それはもう止められない。当時の共産圏ではソビエト連邦も含めて、ビートルズは西欧社会の退廃を喚起するから聴いちゃいけないって没収されてたから、レントゲンのフィルムに溝を刻んでソノシートのようにしてビートルズを聴いてたというくらいに、〈自由の空気感〉が満載だった。日本はそこまでのことはなかったけど、学校とかの規則で縛られた中での、自由の解放という鋳型を見せられた。

:単なる音楽という域ではなかったんですね。

川原:今は僕も杉さんも音楽関係の仕事をしてますが、音楽家になる──ということじゃなくて、〈自由人で生きる〉ということだったと思う。日本公演の写真を見ても、周りの人は60年前の人に見えるけどビートルズは全然古くない。なんだかタイムスリップしたような不思議な感覚。

:ステージ写真が小さく展示されてますけど、えっ?! このアンプだけでライヴをやるの?っていうくらいショボい機材。でもビートルズは同時代の他のバンドに比べて音がいいんですよ。自由な磁場にエンジニアやプロデューサーとかの才能が引き寄せられて集まってきた感じがします。

川原:今はリミックスとかされて音は良くなってきてますけど、元々の録音した時の音の撮り方が素晴らしいから、どうにでも加工できるんですよ。ナイアガラをやっていた吉田保さんも録り音が素晴らしいからリヴァーブをかけ過ぎてグジャグジャになっても元々がいいから混乱しない。

:音の芯がある。

川原:ビートルズも歴代のスタッフが凄く優秀で、初代のノーマン・スミスから次のジェフ・エメリック、アラン・パーソンズもそうだし、皆んな素晴らしい経歴の持ち主。一切手を抜かずにやれて、まともな事もきちんとできて、尚且つアヴァンギャルドにできるという才能は素晴らしいと思う。

:そのビートルズでさえもリヴァプールという街の様々な知り合いでしょ。これは川原さんの本にも書いてあるんですけど、僕がデビューの時にレコーディングをスタジオ・ミュージシャンを呼んでやるか、自分の周囲にいるアマチュアの知り合いでやるか迷った時に、プロデューサーの川原さんは後者のアマチュアの知り合いを選んだんです。その中に竹内まりやや青山純、安部恭弘やRCサクセションの新井田耕造がいて、結果的にそれでよかったなと思う。やっぱりビートルズを好きな人、体験した人は、手堅い方よりもサプライズを期待するからこっちを選ぶんです。

川原:だって、そんなに差はないもの。キャリアは差があるにしてもアンサンブルは素人集団だからいいとかね。もちろん作る人の演出は必要なんだけど、元々レコードは記録ってことだから送り手の勝手な演出が入ると嘘になる。だからビートルズも杉さんのMARI & RED STRIPESもそうだし、それはレコードを作る原則ですね,ドキュメントというのが一番大事。そこで、録り音がしっかりしていることで大事さが生まれてくる。

:制作者としてはそうですけど、やってる僕の方では違う理由があるんです。スタジオ・ミュージシャンの人は次のスタジオに行ったらここでのことは忘れるわけですよ、でも一緒にやってる素人集団は10年経っても20年経ってもその曲について語り合える、そっちの方がいいなって選びました。今、自伝を書いていて、そういう話やビートルズの話、小野洋子さんに会った話を書いてます。じゃ、時間がないので次行きましょうか(笑)。

 

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)前後

 

川原:「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」c/w「ペニー・レイン」のシングル。

:僕は「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が大好きで。

川原:圧倒的に好きだよね。最近「ストロベリー・フィールズ〜」と「アイ・アム・ザ・ウォルラス」にハマってるんだよ、それしか聴いてないくらい。どうやってこんな曲を作ったんだろう?って。

:ポールってほとんど完成形が見える形で曲を持って来ると思うんです、放っておいたらポールが1人でやっちゃうくらい。一方ジョンは未完成で、これが良くなるか悪くなるか分からない感じで持って来る。だからこそビートルズ、スタッフ皆んなが全力で作るから最終的にビートルズの代表曲はジョンの曲になるんじゃないかな、と思うんです。

川原:本当の名曲ってそういう気がする。全員が頑張ってるね、「アイ・アム・ザ・ウォルラス」もそうなんだけど、なんだかナイアガラのスタジを思い出しちゃった。いかにも完成したような感じだけど未完成なんだよ大瀧さんの曲も。それをなんとか完成させないと、とスタッフもミュージシャンも含め自分の全力を出し切ってああいう集中したセッションができたんだと思う。そういう意味では優秀なプロデューサーだよ、皆んなに全力を出させる(笑)。陽水さんもそういうところがある、“いいですね〜“って。褒められると皆んな全力を出しちゃう(笑)。それをぱっとまとめ上げるのがプロデューサーの手腕。ジョージ・マーティンなんかもストリングスのスコアを滅茶苦茶しっかり書き込んで、素晴らしいよね。あの2曲。

:「ストロベリー・フィールズ〜」と「アイ・アム・ザ・ウォルラス」のストリングス。

川原:凄く気品の高いところと下品なところが共存してるみたいな。

:「ストロベリー・フィールズ〜」c/w「ペニー・レイン」のシングルは1位を獲れなくて、ビートルズの連続一位記録が止まったんですよね

川原:エンゲルベルト・フンパーディングのリリース・ミー」が空前の大ヒットで。

:「ストロベリー・フィールズ〜」と「ペニー・レイン」って人類のシングル史上最強のカップリングだと思うんですけども、それをもってして一位を獲れなかったというのは、もうそっちのヒット・チャートは別に──ともとれるじゃないですか。そこから「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」につながっていくから、流れとしては逆に一位が獲れなくてよかったのかなぁって。

川原:どんどんアートな方向に向かっていくからね。調べてみたらボブ・ディランもそういうところがあって、向こうじゃ〈音楽的自殺〉って言うんだね。それまでの自分のイメージを全部捨てちゃって新しいことをやる、ピカソもそう。ビートルズもそう、〈音楽的自殺〉っていい意味での自分の権威を殺して次へ向かうというのがアートの素晴らしさで、ビートルズもそっちを選んだ。体系化の呪縛に陥ってない。“売れ線だから、あの「ウィスキーが、お好きでしょ(杉さん作曲)」みたいなのをもう一回書いてよ”ということをしなかった。あれはあれ一曲(笑)。

:それがビートルズの凄いところ。どの曲も前の曲っぽいところがない。「ハード・デイズ・ナイト」は「ハード・デイズ・ナイト」しかないし、「ヘルプ」は「ヘルプ」しかないというのが凄いなって思うんだけど。。

川原:狙ったなって感じがない。

:ということで、いくら話しても尽きないですけども、こんな私たちの話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

川原:ありがとうございました。

(場内大拍手)

この後、川原さんのプチ・サイン会が行われた。

 

書籍のご案内

  • ジョージ・マーティンになりたくて~プロデューサー川原伸司、素顔の仕事録~
    購入する
  • ジョージ・マーティンになりたくて~プロデューサー川原伸司、素顔の仕事録~

    四六判 / 248ページ / ¥ 1,980

    ~ショウビズ界すべてのスタッフに捧げる~

    「ビートルズだったらこういう風にやるだろうという生き方を僕も実践しよう」……高校1年生でビートルズの武道館公演を体験、社会人1年目で40万枚のヒットに携わり、様々なメディア関係者と交流しつつ大滝詠一、松本隆、筒美京平のブレーンも務めるかたわら、「少年時代」(井上陽水と共作)「瑠璃色の地球」(松田聖子)などを作曲。プロデューサーとしては中森明菜、森進一らの音源制作にも関わってきた希代のスタッフ、川原伸司の仕事録

    【CONTENTS】
    第1章 少年時代
    〜プロデューサーは、人に寄り添い共感するのが仕事〜

    テレビとステレオが先。生活必需品が後回し
    ショウビズの裏側への興味がすごかった
    洋のセンスをどうやって和に取り込むか
    苦手なことを何かで代用して置き換える
    「レコード上のコメディ」的なものが好き
    メインの曲が、実は同じコード進行でできてる
    ビートルズを唄ってるやつは、学年で四人くらいしか
    ビーチ・ボーイズを好きになったのは、バランスを見るため
    アメリカで発売になると、次の日に誰かが持ってくる学校
    ジェームス藤木と佐藤隆のバンド、ケタ違いに上手かった
    バンドはやだなあと思って、一人で録音するようになった
    マルチ・レコーディングの初期の技術は、自宅で独学
    横尾忠則さんのやってることは、誰よりもビートルズっぽい
     
    第2章 大学生活とビクター入社
    〜欲目がまったくなかった〜

    3〜4年生では全然学校に行かず、家で多重録音ばかり
    21歳で、いまで言う200万くらいのピアノを買った
    アルバイトして虫プロ入って、趣味で音楽もと
    タダで3ヵ月働かせてください。お役に立つと証明できます
    2つ重ねたほうが絶対に“イマジン”らしくなりますよ
    飯田久彦さんと一晩中一緒にビートルズを弾いたり
    新人の自分がアルフィーを連れて名古屋キャンペーン
    毎日6時すぎになるとシンコーミュージックに行く
    ロックの作法、線引きは山本隆士さんに教わった
    他社の同世代のプロモーターと集まってワイワイガヤガヤ
    こだわりの強い人のお相手をするのが好き
    物怖じしない、先入観もない。みんな音楽家だし
     
    第3章 杉真理
    〜アマチュアのバンドのままでやりたい。このメンバーでやりたい〜

    万枚売れれば1億だから、宣伝費は1,000万
    「第2の井上陽水を探してこい」けれど「違うものを、これからは」と
    バンドの面白さは、成長物語が楽しめること
    ショウビズの世界ではアヴァンギャルドな性格じゃないと
    杉真理と竹内まりやと三人で、月2のビートルズ研究会
    アーティストの成長って、プロデューサーが必要なくなること
    アーティストや作家は、こういう風に考えるんだと学ぶ
     
    第4章 大滝詠一
    〜「親しき仲にも礼儀あり」の距離のとり方〜

    3枚目の『HAPPY END』がいちばん好き
    毎月1〜2回、カレー食べて麻雀やって、よもやま話
    『ルリ子の涙』に『宍戸錠の名セリフ集』
    ロックンロールはアメリカ盤がいいのは、とにかく音圧
    「新しいことをやっていこう」という思いが強い
    テーマは「ソニーの大販促網をどうやって動かすか」
    ナイアガラの旧譜に、すごいプレミアがついてる
    ロンバケは“疑似はっぴいえんど再結成”
    永井さんの描いたイラストのジャケットが正解だった
    これは洋楽邦楽文化を超えた一大企画だし、命を懸ける
    金沢明子はお弟子さんが3万人いる、日本を代表する伝統的フォークシンガーだ
    表紙が付いてるのは、阿久悠さんが入れ込んだ時
    大滝さんとは同じバンド・メンバーのようなつもりでいた
    ああ、バンドってこういう絆なんだな
     
    第5章 松本隆
    〜気を遣わなくていいし、嘘をつかない人だから〜

    カラオケで、俺たちが唄う歌がないんだよな
    松本隆さんの詞は、見ていると自然にメロディが浮かび上がってくる
    細野晴臣さんが坂本龍一さんにその場で頼んだんです
    筒美京平さんは「あんまりポップスにしちゃいけないよ」と
    松本さんは努力の跡を見せない人
     
    第6章 松田聖子
    〜この仕事を始めたのは、こういう曲を作ることにあった〜

    何でもありの発想でやったほうが面白い
    時代を変えていくという気概がないと、ダメなんだ
    曲を作ってくれ、翌朝9時半までに
    松田聖子がピンチで困っているんだから、助けてあげようよ
    プロデュース権を取っておけば、決定権が集約される
    音楽がどう残っていくかを考えるほうが大事
    「ガラスの林檎」だけが、メジャーセブンスを使っていない
    とにかく助けてください、お願いしますというのは嫌
     
    第7章 中森明菜
    〜正統派の、12ラウンドを戦うボクサー〜

    中森明菜は家を背負っている重さがある
    生身のアーティストを扱うということ
    3通り唄いますから、どれが好きか決めてください
    この人は音楽の話だけをちゃんとしようと思っているんだ
    なぜ強引に粘らなかったのか、悔やまれる
    中森明菜の斜めなバランスこそが、彼女の正しいバランス
    名曲を求めているなら、カヴァー集にすればいい
    「瑠璃色の地球」を明菜が唄うとドキュメンタリーになる
     
    第8章 鷺巣詩郎
    〜おもちゃ箱をひっくり返したような、カラフルで、画が見えて〜

    お互いにコード進行で会話ができるような
    CMソングが流行歌になるなんて考えられない時代に
    音楽業界は「作品」を、芸能界は「商品」を生み出すところ
    僕がビクターの“鷺巣詩郎窓口”に
    いつ電話しても、なんだか間合いが良くて
    頼もしい友人であり、盟友
     
    第9章 井上陽水
    〜オンとオフのバランスがとれていて、虚像を作らない〜

    いまから一緒に行って作りましょう
    陽水さんに出前を取ってもらいました
    大滝さんが「今日は調子が出ないから、あとは任せた」
    会ったばかりで「じゃあ一緒に曲を」なんて
    これ、おふくろに聴かせたら喜ぶだろうな
    陽水さんのスタジオは、自由度が高い
    いいものができて、自分が「このアルバムを発表したいな」という時に出す
    A面B面の、かけ離れたバランス感が好き
    付き合い方の作法をわかっていたし
    ギターじゃ絶対出せないコード進行を心掛けて
    藤子不二雄Ⓐさんは、何も言わずに帰っちゃった
    陽水さんも僕もアンバランスなバランスが大好き
    相手との間合いを的確に察知してくれる
    筒美京平さんが「カナディアン アコーデオンって何?」と
    自分の奥底まで深く穴を掘っても、普通に出てこられる
     
    第10章 筒美京平
    〜プロとして、人として生きていくということ〜

    いつか、サシで仕事しようね
    作家同士は“緊迫した仲の良さ”みたいな
    いままで組んだことのない人と仕事をしましょう
    小沢健二との「強い気持ち・強い愛」
    “J-POPの父”
    アルバイトみたいにフラフラやってるのは、やめてね
    自分で曲を作っていると、作家の苦労がわかる
    全方位対応の職業作家、本物の職人
    どんなにやりあっても大丈夫、それが僕の役割り
    異能にもかかわらず、いつも常識人であること
     
    第11章 ビートルズ主義
    〜大人になったという自覚がいまだにない〜

    融合しないものが融合していたビートルズ
    これが求めているカウンター・カルチャー
    打倒キャンディーズ
    じゃあ本物のビーチ・ボーイズを使えばいい
    努力の差というよりは、露骨に才能の差
    桑名正博さんのアイドル版を作ればいい
    制作進行いっさいを取り仕切るプロデューサー
    曲が生まれてきた背景の演出にこだわる
    できるだけ振幅の大きい、反対側のバランスをとる
    日本の音楽界はまだまだ発展する可能性がある
    実はあんまり否定されたことがなくて、肯定感だけでやってこれた
    メリー喜多川さんが「歌い出しは堂本剛に決まってるでしょ!」
    コワモテでも、みなさん音楽がほんとうに好き
    バランスの中心点である「ひとつの場所」は“音楽”

    川原伸司・年譜

ビートルズ関連書籍

特集・イベントレポート