20170214_雑な読書


翻訳家・古屋美登里氏が“雑読”を旨とする幅広い選書と軽妙洒脱な文章で導く書評エッセイ『雑な読書』の刊行記念トークショーが、2月6日書評家・杉江松恋氏をゲストに迎え八重洲ブックセンターで、2月9日には同エッセイ掲載中のBURRN!誌広瀬編集長との対談が紀伊國屋書店新宿本店にて行われた。

 

なぜヘヴィメタル/ハードロックの音楽誌で書評の連載が始まったのか

広瀬:BURRN!は音楽誌には珍しく音楽以外のコラムが多い雑誌で、書評もあるにはあったんですが以前は編集部員が書いてました。ジャンルも小説よりもノンフィクションやマンガが多かったんです。
古屋:(リストを見ながら)私だったら取り上げないようなのもありますね。
広瀬:1994年僕が編集長になった段階で、ちゃんとした書評が欲しかったから映画評を書いていた人に何名かの書評家を推薦してもらったんです。そこで読んだ原稿の中で古屋さんの書評が一番面白かった。それで電話して会いに行って。
古屋:赤羽のコージーコーナーですね。広瀬編集長は当時、今より長髪でメタル/ハードロックの格好でカッコ良かった(笑)。最初お話をいただいた時思ったのは、私はそういった音楽には詳しくないし、BURRN!読者にどういう本を紹介すればよいか分からなかった。でも、逆にここ(BURRN!)は耕せるなと思ったんです。本好きにすることができるなって。
広瀬:最初は「書評は新刊にしてください、できれば3〜4ヶ月以内のものを」ってお願いしてたんですけど、基本的には自由に書いていただきました。本は時間が経ってもその価値は古びないし、書店に行って探すものなので。それに書く本を自由に選べないと“書きたい”という気持ちが薄らいで面白いものは書けないですから。
古屋:新刊をというオーダーでしたけど、だんだん古い小説や全集とかを取り上げて。
IMG_1730広瀬:この『雑な読書』は1994年から2004年までの連載中からチョイスされた原稿をまとめたものですけど、古屋さんの書評は“書評エッセイ”なので面白いんです。
古屋:でも23年前の文章は顔を赤らめずには読めないですよ。ゲラ段階で手を入れたかった…。あと、これは今もそうですけど、編集部からは一度も原稿の書き直しとか指示とかなかったですね。
広瀬:古屋さんは言葉のプロだから、ちゃんとした書き手の文章に対しては編集者ごときが書き方の指示や変更などはできないですよ。
古屋:書評を書いていて、以前はどういう風に読まれているのか分からなかったんですけど、最近はtwitterで直接読者の方からの反応が来るんです。BURRN!読者は静かで熱い真面目な人が多くて、「僕は古屋さんが書評を書かれた本を年間12册読みます」っていうツイートが来ました。

書評家 杉江松恋氏との対談では、それぞれの書評の書き方についてのトークとなった。

IMG_1633古屋:書評を書かれるときは記憶に残っていることとかを箇条書きにされるんですか
杉江:わりとしないほうです、いきなり書きます。
古屋:その場合、書き出す順番とかは頭にあるんですか?
杉江:僕はその媒体の一行の文字数の中に、冒頭の文を収めたいんです。でも、文の中に入れる気に入った冗談を思いつかないと書けない。途中、文章が硬くなっていくであろう展開の時に脱力する感じ、張りつめた息が漏れる感じを入れたいんですね。そうやって頭の中で「どこに息抜きが入れられるか」を考えてから書き出すので、ほぼ頭からずっと書けます。
古屋:書評を始められた頃からそうですか?
杉江:もうちょっと組み立て式で書いてました。本の紹介、キャラクター紹介それぞれこれくらいの量でと。
古屋:私は伝えたいトピックを箇条書きにして、そこから広げていく、あるいはそこまでの道のりを考えるんです。そして、そこだけは辿りつかなければいけないものとして締めを考えます。翻訳者としては「作家が一番考えているのは冒頭と最後の文章、ここの翻訳で総てが決まる。もの凄い力で訳さないと、導入部として読者を引き摺りこめないし、最後の締めも同じ」と思っているので、書評も頭と最後の文章は意識しているかもしれません。最初の一文が決まると後は書けちゃうんです。でも、私はすごくノって読んだりすると、書評がその本の文体に似ちゃうんですよ。
IMG_1676杉江:この本の中でも、土屋賢二先生の書評の時は物の見方が土屋先生の文体っぽい感じなんですね。
古屋:これは翻訳家の悪いクセなのかもしれませんけど、翻訳家は著者の英語の文体と一緒に歩むのが習性になってるんです。
杉江:それは僕も同じで、本からの「なっちゃえよ」っていう囁き声に。
古屋:著者になるんですか?
杉江:初期は著者の文体に委ねることもありましたが、やはり自分の文体を確立するためには…と自分の文体に固執するようになりました。僕が一番影響を受けたのは丸谷才一さんの文体、あの方が話を転換する時の「さて、」が10年くらい自分から抜けなかった。今はかなり抜きましたけど。で、書評の書き方を変えたのは「書斎のポ・ト・フ」(開高 健、向井 敏、谷沢 永一による書評鼎談集)を読んでから。これは三方がエンターテイメントのいろんなジャンルについて話されてるんですけど、ひとつの文章の中にどれだけ知恵を詰め込めるかというのを3人が競争していて、これを読んで自分が今まで書いた物は薄味だったなと思ったんです。
古屋:影響を受けた翻訳家の文章とかありますか?これはすごいカッコいいとか。
杉江:一冊だけ翻訳小説を丸写ししたのがハヤカワ・ミステリ文庫「悪党パーカー/人狩り」(翻訳:小鷹 信光)です。ドナルド・E・ウェストレイクがリチャード・スターク名義で発表した1962年の小説。非常に感情を排した文章でそれに心奪われてしまい、会社に入って一年目の時で非常に時間があったので模写しました。
古屋:私も倉橋由美子の短編作でやったことはあります。文章のリズムとか、接続詞の使い方が非常に勉強になりました。無駄な使い方をしていないんです。凄い明晰な文章で読んでいて気持ちがいい。模写をやったことで日本語の美しさとリズム、形容詞の使い方、言葉を平仮名表記にするのか漢字にするのかなど本当に勉強になりました。

普段本を読まないような人に「あ、これ面白そうかもしれない、読もうかな」っていう動機付けができる書評を

広瀬:巻末の対談(人気書評家・豊崎由美氏との本をめぐる対談)は本当に面白いですね。
古屋:今でも毎日読んでます(笑)。
広瀬:この対談だけのために買ってもいいし、この対談から先に読むのもいいと思いますよ。そこにも書かれてますけれど、以前は世の中の教養が非常に高いレベルだったのに、現在その部分では人類はどんどん堕落していますよね。
古屋:明治の頃のインテリの人たちから見たらそれこそ我々はアリみたいな存在、人間じゃないんですよ。
IMG_1709広瀬:豊崎さんも仰ってますけど、80年代のサブカルの時代、元祖オタクというのは色んなことに凄く詳しかった。今自分でマニアとかオタクって言っている連中は通り一遍のものをちょっと知ってるだけ。サブカルが好きということは当然サブじゃないメインストリームのカルチャーも知ってないといけない。サブカルしか知らないっていうのはただ単に軽い人間っていうだけで、本当のカルチャーを分かってないんです。カルチャーというのは本当に幅広くて、我々、普通には漢文が書けたりしないんですけど、昔の人は漢文で文章を書いてたりしてましたし。
古屋:漢文だけじゃなくて、ドイツ語も英語もできたんですよ。それが同じ日本人なのにどうしてこんなに勉強をしなくなったのか。
広瀬:だから、せめて本くらいたくさん読みましょうよって。
古屋:私は、傲慢かもしれないけど、この連載を始める40歳くらいまで、「本を読まない人間とは話したくない、バカとは話さない」って公言してたんです。そういう人とは話ができないと思っていたんです。でも40歳くらいからは、それじゃイカン、そういう風には思わないで、そういう人たちがいたら「こういう本もあるよ、もしも時間があったらこういう本も読んだら」って優しい気持ちを持たない限り誰一人としてつき合う人がいなくなってしまうと思って、今は限りなく優しい気持ちで菩薩のようですよ、私(笑)。
広瀬:たしかにたくさん読んでる人間じゃないとわからないことがありますよね。音楽でもなんでもたくさん接してないと。
古屋:たくさん読んでるとリンクできるのが面白いんです。エドワード・ケアリーの「堆塵館」を訳したんですけど、読書量のある人がこの本を読むと、イギリス文学の中でディケンズとか土台にしている物が明確に立ち現れてきて、その教養があって読むと何倍も面白いんです。三次元的にその関係性を楽しめる。
広瀬:落語とかもそうですけど、関係性も含め演者それぞれの凄い所が分かってくるから、数を接することは重要ですね。
古屋:そういった教養や知識の幅の広さを、若いときに得ておくべきなんじゃないかと思うんですよ。時間のある人は本を読むべきだと。
広瀬:僕も本好きで本当にたくさん読みましたけど、就職したら読む時間が全然ない。
古屋:私も献本いただいた物とか読む時間がない
広瀬:だから書評は何の為にあるかというと、普段本を読まないような人がたまたまその書評を読んで、「この本面白そうだから読んでみよう」と思わせるためにあるんです。もっと言えばノンフィクションやノウハウ本は手に取りがちだけど、そうじゃない普通の小説をうまく紹介してくれる人が居て欲しいんです。週刊誌の書評でもノンフィクションや推理小説やスリラーとかのエンターテイメント系や実用物が多い中で、古屋さんが紹介してくださってるような小説に対し「あ、これ面白そうかもしれない」っていう読む動機付けができて。ですから、書評の本を自由に取り上げていただいてる、「自由に」のところを本当に上手くやっていただいてるなと思います。この本のタイトルの『雑な読書』の「雑」は雑多なっていうことですよね。
古屋:翻訳者でノンフィクションとフィクションを同時に仕事をする人はあまりいないんです。フィクションはミステリーの専門、SFの専門の翻訳者がいて、ノンフィクションの人はフィクションに手を出さない。物語とノンフィクションとは全然違うんです。文体やボイスや使われている言葉も世界も違う。普通、翻訳者は臆病になるんですけど、私はあまり考えない。「できなかったらどうしよう、難しいだろうな」とは考えないんです。
広瀬:それは、できちゃうから(笑)
古屋:その人その人に合う読書のしかたってあると思うんですよ。私はたまたまノンジャンルのものが得意だったにすぎない。
広瀬:でも雑多な読書って難しい、対談された豊崎さんも、古屋さんの読書リストのノートを見ながら、「本当にいろんなのを読んだんだね」って感心されてました。

この後、両日とも登壇者のサイン会が行われた。
また2月6日には杉江氏がネット(excite)にアップされたエドワード・ケアリー『堆塵館』(古屋氏訳)の書評のコピーが配布された。出版から間もない本書の書評をネットという媒体に掲載する場合、多くの人に読んでもらうためにそのサイトの読者が興味を持っていることを手がかりとして文章を書くことを考え、スタジオ・ジブリ関連の投稿が多いexciteでは、ジブリ・アニメ「千と千尋の神隠し」、ジブリ以前の宮崎作品「未来少年コナン」などの話題を交えた物になっていることなどが語られた。

雑な読書 最新刊のご案内

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  • BURRN!叢書 13
    雑な読書

    B6判 / 304ページ / ¥ 1,620

    BURRN!に連載中の翻訳家・古屋美登里氏による書評コラムの単行本化。1994年に連載を開始し、現在までに250冊以上もの本を紹介してきたコラムの中から、初期10年間の50本を厳選。文学や漫画、ドキュメンタリーからハウツー本まで、洋の東西を問わず、ジャンルにもこだわることなく、種々雑多な本が紹介されている。
    豊富な読書経験を誇る著者ならではの偏見のない目で選ばれたそれらの本に読者の興味を引きつけるだけでなく、時にユーモラスに、時に真剣に、時に心温まる筆致で綴られるコラムは、それ自体が良質なエッセイとして読みごたえあり!

    ●鋭い舌鋒と確かな分析力で知られる当代随一の人気書評家・豊崎由美氏との本をめぐる対談を巻末に特別収録!
    ●日本とイタリアを股にかけて活躍する人気エッセイスト・内田洋子氏も大推薦!

    【CONTENTS】
    01 内田春菊『ファザーファッカー』
    02 山田詠美『快楽の動詞』
    03 南條竹則『酒仙』
    04 キャリー・フィッシャー『ピンクにお手あげ』
    05 ジョン・ファウルズ『アリストス』
    06 竹内久美子『男と女の進化論』
    07 中村真一郎『読書の快楽』
    08 アラン・フォルサム『狂気のコードネーム≪明後日≫』
    09 中島 梓『夢見る頃を過ぎても』
    10 北村 薫『スキップ』
    11 高嶋敏男『本が好き、悪口言うのはもっと好き』
    12 鹿島 茂『子供より古書が大事と思いたい』
    13 アニー・デュプレー『黒いヴェール』
    14 岡崎京子『Pink』『リバーズ・エッジ』
    15 ジョン・アーヴィング『サイダーハウス・ルール』
    16 宮部みゆき『蒲生邸事件』
    17 レーモン・クノー『文体練習』
    18 アシモフ他・編『16品の殺人メニュー』
    19 藤沢周平『用心棒日月抄』
    20 村上春樹『アンダーグラウンド』
    21 金子達仁『28年目のハーフタイム』
    22 バリー・ギフォード、ローレンス・リー『ケルアック』
    23 小林信彦『天才伝説 横山やすし』
    24 ナンシー関『信仰の現場』
    25 鯨 統一郎『邪馬台国はどこですか?』
    26 久生十蘭『顎十郎捕物帳』
    27 大野 晋『日本語練習帳』
    28 グレイス・ペイリー『最後の瞬間のすごく大きな変化』
    29 ウラジミール・ナボコフ『ディフェンス』
    30 常磐新平『「ニューヨーカー」の時代』
    31 ジェイムズ・エルロイ『クライム・ウェイヴ』
    32 バルガス₌リョサ『若い小説家に宛てた手紙』
    33 村上春樹、柴田元幸『翻訳夜話』
    34 高山文彦『火花 北条民雄の生涯』
    35 池谷裕二『記憶力を強くする』
    36 ピーター・ペッティンガー『ビル・エヴァンス――ジャズ・ピアニストの肖像』
    37 白川 静『字書を作る』
    38 羽生善治『簡単に、単純に考える』
    39 車谷長吉『錢金について』
    40 米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』
    41 福田和也『悪の対話術』
    42 エドワード・ケアリー『望楼館追想』
    43 藤本和子『リチャード・ブローティガン』
    44 T.E.カーハート『パリ左岸のピアノ工房』
    45 乙一『ZOO』
    46 皆川博子『総統の子ら』
    47 土屋賢二『ツチヤ学部長の弁明』
    48 キアラン・カーソン『琥珀捕り』
    49 チャールズ・バクスター『愛の饗宴』
    50 水村美苗『本格小節』

    特別付録・対談 豊﨑由美(書評家)×古屋美登里

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