20160810マイルスデイヴィス

 

現代の視点でマイルス・デイヴィスを捉えた『MILES:Reimagined』刊行記念トークショーが、7月31日、HMV & BOOKS TOKYOにて行われた。当日は本書の監修者、柳樂光隆氏と老舗ジャズ喫茶「いーぐる」の店主、後藤雅洋氏が登壇。「ジャズ喫茶世代のためのマイルス・デイヴィス・リイマジンド」をテーマにしたトークとなった。

率直に言って好著だと思います。

柳樂:いきなりですけど、後藤さんこの本を読んでどうでした?
後藤:率直に言って好著だと思います。
柳樂:後藤さん自身ジャズの本を書いてらっしゃるし、これまでのジャズの本と比べて僕の監修した本はどうだったかなと思って。
後藤:僕は団塊世代で、ジャズ喫茶を50年近くやってます。だからオールド・ファン、保守的なマイルス・ファンの代表として呼ばれたのだと思うけれど、そういう僕なんかが読むと、この本はまさに盲点になってるんですね。これはジャズという音楽をどう捉えるかということにもからんでくるんだけど、僕らの世代はジャズは即興性だとか、マイルスでいえばたとえばミュートで表現される味の部分が興味の中心なんです。一方エレクトリック・マイルス以降のサウンドとかリズムの面に対しては僕らの世代は比較的関心が薄いんですよ。この本は僕らの関心が薄い所に焦点が当たっていて、すごく勉強になりました。
柳樂:狙いとしてはそこだったんです。今までのマイルス評論の中であまり力を入れて触れられていない所を重点的に。
後藤:たとえば挟間美帆さんがわかりやすくギル・エヴァンスの手法を分析してるし、『クールの誕生』や『カインド・オブ・ブルー』の解説もものすごく具体的ですよね、そこが凄い。
IMG_9928s柳樂:率直に言って僕はマイルスに対する思い入れが薄いんですよ。
後藤:いいんじゃないですか、それは。この本のテキストは、マイルスが今のジャズ状況の中でどのように受け取られているかという、ちょっとクールな視点で書かれているでしょ、だとすれば特別な思い入れがなくてもいいんですよ。
柳樂:後藤さんの店で、中山康樹さんと晩年最後の5年くらい交流があったじゃないですか。康樹さんはとにかくマイルス・デイヴィスが好きで、マイルスの話をいろんな方向からやりたい人だった。
後藤:僕なんかはジャズ・ファンとしてマイルスを捉えてるんだけど、康樹さんはまずスタート地点がマイルス・ファンなんですよ。しかし僕らの世代のジャズ喫茶親父は、ジャズ・ファンでありすぎるが故にかえってマイルスの音楽の全体像を捉えきれてないのかもしれないんです。
柳樂:康樹さんはどちらかというとロック・ファンでしょうね。ロックが好きでそこからマイルスを聞いてジャズに入っていったというのがもしかしたら近いのかもしれない。
後藤:その通りだと思います。
柳樂:僕が知っているジャズ・ファンはマイルスが好きで、ブート盤を買ったりして入れ込んでいる方も多いんですけど、後藤さんはマイルスに入れ込んでる感じが全然しないんですよ。
後藤:鋭いねあなたは(笑)。僕は好きだけどさほど入れ込んではいないんですよ。
柳樂:後藤さんがマイルスの話をしてるのはあんまり聞いたことがないし。
後藤:そうだっけ。いやぁ好きなことは好きですよ、凄いと思うし。しかし一般的に、例えばロックの代表がビートルズだとすれば、ジャズの代表はマイルスだって見方があるでしょ、でもそれはちょっと違うと思うんです。ジャズっていう音楽の全体像からいえばマイルスはむしろはみ出した存在で、そこが面白いところでもあるんだけれど。マイルスは色々なスタイルの変化でジャズの枠組を広げていった人で、結果としてその広がった領域がジャズと言われているんですね。で、広げていく過程で隣接領域の音楽に浸食してる部が分大いにあると思うんです。その部分に焦点を当てるとあまりジャズっぽくないものもある。
柳樂:後藤さんはマイルスをモダンジャズの中ではオルタナティブなものとして位置付けている感じもするんですよ。今回の本は、どちらかというとジャズじゃない方にスポットが当たっています。だから、後藤さんはこの本をすごくドライに読めるんじゃないかと思うんですよ。単純に今まで後藤さんが関心を持ってなかったところのマイルスの要素がひたすらズラっと並んでるから。
後藤:ものすごく勉強になりましたよ。具体的にいうとあなたと原雅明さんの対談にあった、エレクトリック・マイルス期の知られざる背景とか、原さんが書かれてる復帰後のマイルスの裏事情とかは凄く面白かった。僕自身マイルスが聴いていたプリンスとかその辺りの音源を当時はそれほど熱心には聴いていなかったので今回改めて聴き直したんだけど、そういう耳で聴くとその頃のマイルスがまた違って聞こえるんだよね。僕らの世代が聞き逃していた、ロックやヒップホップ、テクノやシカゴ音響派とかのジャズの隣接領域を聴いていた若い音楽ファンが今マイルスを聴くと、ジャズだけを聴いていた人たちとは違う面白さがあるんじゃないかな。そういうところにスポットを当ててるのがこの本の面白さですね。


後年のマイルスと、その時代の音楽

 

後藤柳樂:今回、渡辺貞夫さんにお話を伺ってるんですけど、実は他にも案があって、マイルスと共演したケイ赤城さんとか、マイルスに憧れてた部分もある日野皓正さんとか。
後藤:でもその人選だとあなたの言う“クールな視点で”ということにならないでしょ。ナベサダさんだからちょっと距離感があって良かったんじゃないですか。
柳樂:貞夫さんってマイルスに対してそんなに関心がないような気がしますね。
後藤:明らかに関心ないよね。でも面白かった。
柳樂:マイルスに入れ込んでない人で、同時代の人がどう見てるかを聞きたくて。で、一瞬サウンド的に交差しているところがあるんですよ。
後藤:それは貞夫さんが話されてるよね。
柳樂:『パストラル』『ラウンド・トリップ』『ペイサージュ』というところはちょうど貞夫さんがエレクトリックに移行した頃なんですけど、これもマイルスへの思い入れがあってのこととは到底思えない。
後藤:あの語り口ではね。にもかかわらずあの時代のジャズ・シーンの空気感がリアルに伝わってくるインタビューだったね。貞夫さんがすごく優しく、そこまで言うかみたいなことも言っていて、普通なら構えちゃうような質問でも子供くらいの世代のあなたが相手だから優しく話してる。そういうところはあなたは得だよね(笑)。
柳樂:そういえば、貞夫さんのインタビューをするにあたって年表( https://note.mu/elis_ragina/n/nb4f44e534cca )を作ったんです。貞夫さんの活動、マイルスの活動、その他の音楽の大きいトピック、例えばビートルズが解散したとか、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』が出たとかを入れた年表で。そこで見るとマイルスが『Doo-Bop』を出したのが92年なんですけど、そのすぐ後にエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works』出ているんですよ。それがわかるとその頃にマイルスはまだあんなことをしていたのかと思うんです。『Doo-Bop』と『Selected Ambient Works』比べてみたら、音楽的にはマイルスの方が10年くらい前の感じがして。同じようにヒップホップで比べてもア・トライブ・コールド・クエストの『ローエンド・セオリー』という有名なアルバムがあるんですが、それが91年のリリースなので、『Doo-Bop』よりも早いんです。内容は『ローエンド・セオリー』の方がはるかに先を行っているのに。よくジャズ・ファンの人が“今、マイルスが生きてたら何をやっただろう”って言うんですけど、70年代の中盤くらいから明らかにマイルスがやってたことは時代からは遥かに遅れていたんですよね…。
後藤:確かに当時のプリンスのアルバムなんかをもう一度聴き直してみると、復帰後の80年代以降のマイルスを聴いてるよりは面白いんだよね。
柳樂:そうなんです。そういうことは年表を作ってみると、残酷なくらいわかるんです。70年代の頭までは最先端と言われてたマイルスが途中で時代から置いて行かれる感じがよくわかるんですよね。
後藤:僕も当時は気付かなかったね。ジャズ・ファンはジャズしか聴かないし、隣接ジャンルとの影響関係とか音楽シーン全体を視野に入れて聴くということをしていなかった。今になってみると、復帰後のちょっとポップス寄りのマイルスを聴くぐらいだったら、プリンスを聴く方が面白いやってことになって。
柳樂:今回80年代のマイルスの聞き所とか考えて取り上げているんだけど、『TUTU』とかでやっていたことはプリンスと並べたらちょうどいいんだけど、もちろんプリンスより遅いわけですよ。時代のトレンドとしては遥かに弱くて、マイルスがブラック・コンテンポラリーを新しいものとして取り組んでいた頃には、もうヒップホップが生まれてましたからね。


この本のレビューはチャレンジ枠です

柳樂
柳樂
:こういう本を作るときはジャズ評論家は役に立たないんですよ。例えばスライについて造詣の深い方がマイルスについて書くとか、それはジミヘンでもJBでもいいんだけど、そっちの方が説得力があるものが作れた気がします。以前国会図書館でスイングジャーナルのバックナンバーを全部読んだんですけど、ジャズ評論家は途中でマイルスに関してもサジを投げてるんです。ある時期から語り口が同じで、以前誰かが言ったことのくり返しなんです
後藤:それはマイルスに限らずジャズ評論家って、自分もそうだけど、ある時代の紋切り型な価値感みたいなものをなぞっちゃうんだよね。
柳樂:どうやら70年代からもう行き詰まっていて、例えば、ウエザー・リポートとかのレビューを見るとレビュワーが富田勲さんだったりするんですよ。
後藤:そりゃそうでしょ、あの当時のジャズ評論家には手に負えないでしょう。エレクトリック楽器、シンセサイザーとかの知識がないから無理なんだよね。
柳樂:ウェザー・リポートに関しては、坂本龍一と富田勲のクロス・レビューで富田さんが凄い褒めてて、坂本龍一がケナしていたり(笑)
後藤:この本ではレビューを書いてる人の人選が面白いね。オールド・ジャズファンの間ではママ子扱いされていたアルバムへの八木皓平さんの光の当て方がたいへん面白かったから、改めてアルバムを聴き直してみましたよ。
柳樂:あれは良かったですね。実は、皆にレビュー原稿を頼むときに、元々のジャズの歴史はいいから今の音楽を聴くのと同じ目線で好きなように書いてくれって頼んだんです。実はこの本にはジャズのライターはほとんどいなくて、レビューは岡田拓郎、吉田ヨウヘイ、高橋アフィみたいなインディー・ロック系のミュージシャンとかにも頼みました。すごく詳しくて、自分なりの視点を持っている書き手に専門外のことを書かせるのって面白いですよね。そういう感じで、僕は監修者として何でも書けるライターを常に探しています。僕は監修者だから一応自分も書かなきゃいけないって編集者に言われたんで渋々3本書いたんですけど、僕以外のレビューは本当に、よくできてますね。この本に関してはレビューはチャレンジ枠なので、挑戦的で面白いですよ。
後藤:もう一回ちゃんと読み直してみます(笑)。
柳樂:そんな感じで、全体的にチャレンジしてるんですよ。
後藤:それはその通りだと思う。だから関心があっても今までジャズを聴いたことがないような人たちには確実に届いたと思うけど、元々のジャズ・ファンにも読んでほしいと思いますね。例えば僕らの世代みたいに、マイルスはやっぱりアコースティックだよって言うような人たちにもマイルスの幅広い音楽活動を先入観無く聴いて欲しいし、それには適切なガイドラインがないとわからないしね。それをこの本が上手くやってると思う。マラソン・セッションとかはもう評価も確立されてるから、あれはあれで置いておいて、そうじゃない従来のジャズ評論家では手に負えなかった部分を新しいライターさんが書くことによって、斬新な視点を提供してくれるというのはとてもいいことだと思うんです。そういう書き手の才能を発掘する能力があなたにはあるんだな。
柳樂:僕は、まぁ今でもマインドが読者なんですよ。
後藤:その辺りは僕もあなたと似てるんだよね。分かってる人間に説明してもらいたいという気持ちが強い。ジャズって不思議で魅力的な音楽なんだけど、その秘密を自分よりもっと適切に語ってくれる人材を求めているんですね。そういうところはあなたも同じでしょ。
柳樂:だからそういうところが、これまでのマイルス本と僕が監修した本の決定絵的な違いだと。
後藤:まったくその通りだと思いますね。つまらない思い入れや主体性より他人の優れた見識や感受性を教えてもらう方が遥かに面白いと思う。
柳樂:僕が今回、後藤さんと話したかったのは、この本って過去のジャズ史を一度洗い出して、その中で埋もれてる物をピックアップしてもう一回光を当てたり、過去のジャズ史が触れてないものに触れたりしています。実はかなりジャズ評論オタクっぽい本なんです。この感じをパッと読んで分かってもらえるのは、リアルタイムでジャズ評論の流れをずっと見てた人かなというのがあって、それは後藤さんだなって。
後藤:なるほどね。そういう意味でも、この本は今までのマイルス本とは全然違う視点で作っていて、非常に高度な批評性を持った本だと思いますよ。
柳樂:では今日は全然具体的に音源をかけなかったので、最後に一曲だけ新しい奴を紹介したいと思います。本の最後にある「マイルスの遺伝子ディスク・ガイド」にも掲載したマイルスのオマージュ・アルバムで、アート・アンサンブル・オブ・シカゴにも入ってるトランぺッター、コーリー・ウィルクスの『カインド・オブ・マイルス』です。マイルスの80年代の曲をプレイしたり、マイルスの曲とレディオヘッドの曲を繋げて演奏したり、批評的なアルバムだと思います。これを聴きながら今日は終わりということで、後藤さん今日はありがとうございました。
後藤:ありがとうございました。

マイルス・デイヴィス 最新刊のご案内

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    B5判 / 160ページ / ¥ 1,760

    生誕90年/没後25年となる今年、ドン・チードルが主演・脚本・監督を務めた伝記的な劇映画『マイルス・アヘッド』が公開(日本公開は12月予定)。そのサウンドトラック盤と、残された音源を素材にロバート・グラスパーがリイマジンド(再考)を試みた企画盤『エヴリシング・イズ・ビューティフル』がリリースされ、ふたたび脚光を浴びているマイルス・デイヴィス。彼の残した膨大な作品群を現在の視点で多角的に読み解く、“マイルスを聴き継ぐためのガイドブック”が登場!!
    『エヴリシング・イズ・ビューティフル』に参加したロバート・グラスパーやハイエイタス・カイヨーテ、キングなどへの取材はもちろん、マイルスの元担当ディレクターやエンジニア、同じ時代を生きた我が国のパイオニア=渡辺貞夫のインタビューも掲載。また、挾間美帆によるギル・エヴァンス参加作の再検証など、論客たちによる時期/アプローチごとの解説を盛り込み、“神話”の奥にあるマイルスの魅力を浮き彫りにしていきます。

    【CONTENTS】
    フォト・ギャラリー
    はじめに

    PART 1 2016
    ドン・チードル、映画『マイルス・アヘッド』を語る
    人種差別とマイルス・デイヴィス(小林雅明)
    インタビュー:ロバート・グラスパー
    インタビュー:ハイエイタス・カイヨーテ/キング
    スペシャル対談:ロバート・グラスパー×ハイエイタス・カイヨーテ

    PART 2 1949-1950
    クールが誕生した後に(吉田隆一)
    アルバム・レヴュー①

    PART 3 1950's
    『Kind Of Blues』の構造(坪口昌恭)
    アルバム・レビュー②

    PART 4 MILES & GIL
    挾間美帆が語るギル・エヴァンスの編曲術
    アルバム・レヴュー③

    PART 5 1964-1968
    1965年の「アンチ・ミュージック」(大谷能生)
    アルバム・レヴュー④

    PART 6 1969-1975
    2016年に聴くマイルスのエレクトリック期(原雅明×柳樂光隆)
    アルバム・レヴュー⑤
    インタビュー:類家心平──トランペットを電化すること
    インタビュー:黒田卓也──バンド・マスターとしてのマイルス
    特別取材:渡辺貞夫が語るマイルスがいた時代
    元担当ディレクター・インタビュー①:伊藤潔
    元担当ディレクター・インタビュー②:中村慶一
    エンジニア・インタビュー:鈴木智雄
    テオ・マセロのテープ編集術(高橋健太郎)
    マイルスとアイルト・モレイラ(ケペル木村)

    PART 7 1980-1991
    貧欲さを増した“復帰後”の作品が訴えるもの(原雅明)
    アルバム・レヴュー⑥
    再考:ジャズ/マイルスとヒップホップ(柳樂光隆)
    クラブ・ミュージックとマイルス・デイヴィス(廣瀬大輔)
    「ブートレグ・シリーズ」を聴く(村井康司)
    ドラマー対談:石若駿×横山和明
    小川慶太が語るマイルスと打楽器奏者たち
    ディスク・セレクション:マイルスの遺伝子

マイルス・デイヴィス関連書籍

特集・イベントレポート