ベテラン・ジャズ・ファンからジャズ入門者まで、ジャズに興味を持つ音楽ファンであれば、誰もが楽しめる「ジャズ喫茶いーぐるの現代ジャズ入門」発売記念トーク&リスニング・イベントが9月9日(土)、東京、四谷の老舗ジャズ喫茶「いーぐる」で開催された。登壇者はジャズ評論家の村井康司さん、『Jazz The New Chapter』監修者の柳樂光隆さん、そして本書の著者いーぐる店主の後藤雅洋さん。

この本を作ろうと思ったいくつかの動機

現代ジャズは急に出てきたものではなく、要素に分解してルーツを辿るとルイ・アームストロングまで行く


後藤雅洋(以下後藤):本来は柳樂さん、村井さんがおやりになるべき仕事だと思うんですが、現代ジャズに挑戦という無謀なことをやっております。この本を作ろうと思った動機は、柳樂さんが2014年からお出しになっている「Jazz The New Chapter(現在VOL.6)」の影響がすごく大きい。マイルス、コルトレーンといった我々モダン・ジャズ世代は古き良きジャズ黄金時代のアルバムに執着がありますが、現在のジャズも聴いたらどうだろう──という柳樂さんの提案に刺激されました。きっかけになったロバート・グラスパーの『ブラック・レディオ』。最初これはジャズじゃないと距離感を持っていました。ただ仕事柄、新しいものや知らないものを放っておけないので、以降グラスパーのアルバムを聴き、ライヴを観てだんだん彼の狙いみたいなものが分かってきた。今年5月に秩父で行われたイベント「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023」に出たロバート・グラスパー、テラス・マーティン、カマシ・ワシントンというメンバーのディナー・パーティがものすごく良かったんですね。マイルスやオーネット・コールマンなどのレジェンドが出た「LIVE UNDER THE SKY」や「Mt.FUJI JAZZ FESTIVAL」も体験しましたが、“なんだ、今の方がいいじゃないか”と率直に思いました。当時のマイルスたちレジェンドもすでに全盛期ではないわけで、それに対してカマシらのディナー・パーティはまさに21世紀、今の音楽で、これはレベルが違うんだと。そして、この本を書いたもう一つの動機は数年前のジャズ関係者の集いでの会話で、老舗ジャズ喫茶主人がカマシ・ワシントンやスナーキー・パピーの名前を知らなかったこと。これはヤバイ! 好き嫌いは別として “誰、それ?”はないだろう──これは俺がやらなきゃダメだと思いました。

村井康司(以下村井):みなさん新譜を聴いてないわけじゃないんだろうけど、そういうのが視野に入らなかった。その頃ジャズ専門誌でも大きくは扱われていないし、そういった年配の人たちがネットで情報を細かくチェックしていたとも思えないし、「Jazz The New Chapter」を読んでいたとも思えない。そういった情報は世代的にも音楽的な嗜好的にも、一部の所にしか届いていない──ということはあったのかもしれませんね。

柳樂光隆(以下柳樂):そうですね。僕が「Jazz The New Chapter」を出した2014年はSpotifyなどがものすごく使われ始めた頃で、まだフィジカルを買い続けるという人もいたと思うけど、レコード・ブームはまだそんなに大きくなってなかった。だからインターネットに親しんでいなかった世代には、新しい音楽情報がなかなか届かなかった。

後藤:さっきジャズ喫茶の主人の話をしましたが、「Jazz The New Chapter」やSNSでは伝わっていかないディープなジャズ・ファン層があって、この情報格差はとんでもないものがあります。

村井:本じゃなきゃ伝わらない層というのがあるんです。そういう意味でもこの本の存在は大きい。

柳樂:それと、日本盤でCDを出さないと届かない場所があるんです。どんなに再生数が増えても届かない場所にはそれなりの数の人がいるし、全然バカにできない。後藤さんが想定している層ってフィジカルがリアル。だから本として出したのはいいことじゃないですか。

 

「現代ジャズの特徴」とその面白さを伝える「アルバム特選200枚」

 

柳樂:本を書くにあたって、どの辺が大変でした?

後藤:現代ジャズを色々聴いて、聴きどころを整理していくと見えてくるところがあったんです。「アルバム特選200枚」は、僕が2001年頃からやっている有線放送USENの番組「ジャズ喫茶いーぐる(後藤雅洋)」(いーぐる店内でかかっている音楽を録音して番組化、月4回各2時間)の内容をベースにしています。というのも2016年からは4回の内1回を21世紀の新譜縛りにして現代ジャズをかけてきました。それが80回になって480枚くらい、その倍の通算1,000枚くらいの新譜を聴いた中からのセレクトです。毎回レビューも書いているので、今回の本の原稿はそれを若干手直しするくらいだからそんなに大変じゃなかった。 一方、総論の「現代ジャズの特徴」ですが、これはものすごく多岐に渡っていて、アレンジ、作曲の重視であるだとか、コーラス、ヴォイスの多用、それからエスニック・テイスト、クラシックの要素、ヒップホップの要素──とバラバラなわけですよ、これをどう分かりやすく説明するか──に結構苦労しました。

村井:そこはすごく上手くいってると思いました。現代ジャズの様々な特徴的なファクターを挙げて、それを全体として、要素が雑種・雑居して混合した音楽と、あとは世界音楽性みたいなことをまとめてらして、それがすごく説得力がある。ジャズって元々そういう音楽なので、それがそのまま現代ジャズの特徴でもあるんだと。で、実はモダン・ジャズが意外とそうでもなかった。

後藤:ちょっとした錯覚があって、我々のジャズ・イメージってハード・バップ、ビ・バップが中心となっているわけですが、実は120年くらいに渡るジャズの歴史の中ではそれはむしろ異端なんです、みんな意外と気がつかないんだけど。ビ・バップ以前はビッグバンド・ジャズでスター・シンガーがいたりダンス・ミュージック的な要素もあった。モダン・ジャズ〜フュージョン以降はサウンドの冒険の時代で、何でもアリになっている。そういうものを全部俯瞰してみると、モダン・ジャズ・エイジというのはむしろ異端なんですね。チャーリー・パーカーの高度な即興が芸術と言われるけど、それはジャズの本質とはちょっと違う。ジャズの本質は大衆音楽であるし、もう少し原点を辿ってみれば混交融合音楽なんですよ。その辺りのことをかなり詳しく書きました。

村井:そういう意味では、今のジャズは元々のジャズの特徴がはっきりと出ている──というのはその通りだと思います。それを分かっていただいた上で何を聴くか──となった時にこの200枚を見てもらえればいい。

 

混交融合音楽としてのジャズと個性表現

 

後藤:現代ジャズは多様で、ブラッド・メルドーも『アフター・バッハ』はもろクラシックだけど、『ファインディング・ガブリエル』ではヒップホップ的な要素や、ほとんどワールド・ミュージックみたいなところもあって、そういう意味では何の共通項もない。でもジャズが混交融合音楽であると考えればそれらの要素は元々あるわけです。そもそもジャズの発祥の地ニューオリンズはフランスやスペインが統治した時代もあって完全なラテン文化圏。そこに生まれた子供はクレオールと呼ばれ、かなり権利が保証されていて文化的素養も高くクラシックの素養もあった。ジャズは黒人大衆の間で自然発生的に生まれた音楽だと言われてるけれど、その初期段階でラテン文化とクラシック的要素が入ってるんだよね。

村井:1938年に民俗学者アラン・ローマックスがジェリー・ロール・モートンというニューオリンズのピアニストの回想を録音したんだけれど、そこで彼は “ジャズはクラシックから始まった”と、「マズルカ」や「カドリール」を4拍子にしてシンコペーションを加えればジャズになるという見本を聴かせたり、“これは俺が1902年に作ったブルースだ”と言って、「ニューオリンズ・ブルース」という曲で「ハバネラ」というキューバで始まったリズムを使ってブルースを弾いています。モートンはこうしたカリブ的要素を「スパニッシュ・ティンジ(スペイン的な匂い)」と呼んでいます。彼の話がどこまで本当かどうかわからないけれど、すごく初期からクラシックとカリブ海音楽がジャズの主要部分の一つだったことは間違いない。

柳樂:今度ブルーノート東京に来るSFジャズ・コレクティヴもメンバーに必ずカリブ系の人が入っていて、ラテンの要素をこれでもかっていうくらい入れてくる。そういう音楽の作り方をする人が増えている状況があるので、いわゆる20世紀に日本で受容されていたジャズ観とは違う。この本はそういう流れを頑張って説明していますよね。

後藤:最近の若いファン層、秩父の「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023」にいらしてた20〜40代のお客さんとかには、敢えて説明する必要はないわけです、自然に現代ジャズの面白さを受け取っているから。問題はそこから上の年代層。相当な断絶があって、その人たちにカマシ・ワシントンやスナーキー・パピー、ゴーゴー・ペンギンの音楽を説明しても、昔のジャズと全然違うじゃないか──となってしまう。でも、表層的な部分を取っ払って音楽の本質的な部分である〈個性表現〉に着目すると、ルイ・アームストロングが示した方向性が見えてくるんです。ルイはトランペット、コルネットから自分の声を出しちゃった。比喩としての声ですけど、クラシックの為に作られた楽器を自分の声に近い感覚で吹いていいんだ──とした。個人技としての個性ですね。 私に言わせれば、個人技としての個性を集団のバンドで表現したのがエリントン。そう考えるとルイ・アームストロング、デユーク・エリントンというのはジャズの根幹を作ったわけで、それをモダン・ジャズも現代のジャズもパラ・フレーズしているわけです。そうやって物事の本質から遡って考えてみると、ルイ、エリントン、パーカー、マイルス、コルトレーン、フュージョンの時代と、それからカマシ、スナーキー・パピー、ゴーゴー・ペンギン、ダニー・マッキャスリンと全部繋がっているんです。それをきちんと説明しないと、高齢者ジャズ・ファンは納得しないんじゃないかと思う。 もうひとつ、モダン・ジャズ・エイジの人たちには〈ジャズの本質は即興だ〉と受け取られがちなんですけれど、これもある種の勘違い。なぜパーカーがあんな高度な即興をやったかというと、他の人との差別化だったと思うんです。〈すごい即興プレイ〉というのは個性表現の手段であって、目的ではない。そう考えてみると〈ジャズの本質は即興だ〉というのは近視眼的見方で、ジャズの本質は個性の表現であり、その一手段として高度な即興やアレンジがあるんです。即興第一主義になると、アレンジや作曲、ヴォーカルも同様にビッグ・バンド・ジャズなんて軽視されてしまう。

村井:実際、軽視されていた時期はありますからね。

 

自分の体で把握して言語化した原稿

 

柳樂:僕はライター講座もやっているので、次回この本を持って行こうと思っています。そこでよく言っているのが、〈書くのだったら、よく調べてから書け〉〈知らないことは書かなくてもいい〉、それと〈知らないことを知っている風に書くと事故になる〉。今はジャンルが混ざって色々な要素が入っていて、作っている側も混ぜている自覚がない。そもそも混ざったものを聴いて音楽を作ってる人が多いから、どこにインスピレーションがあるのか自覚がない作家も多い。それを分析するのも難しいし手間もかかるから。知ったようなことを書くと途端に事故になる。それはぜったい止めろと口を酸っぱくして言っています。 その点この本では、徹底的に〈分からないことは書いていない〉のがすごい。というか、高齢者に届けるために読者を設定して、その世代が分かる言葉を選んで書き筋を設定している。どうやってみんなが分かるジャズ史の筋に乗せるかも含めて、そのためにすごい言葉選びをしていると思う。で、〈自分が分からないジャンルの部分〉を分からないという体でやりながら、本として成立させているのはすごくないですか?

村井:言いたいことはよく分かる。

柳樂:これはなかなかできないし勇気がいることですよ。ロバート・グラスパーについて書く時に、俺はヒップホップのこと良くわかってないんで──というと、要素の半分くらいを落としたことになる、でも半分落としても書けることは山ほどある。

村井:後藤さんは昔から一貫していて、ご自分の音楽を聴いた時の感覚──どんな気持ちになったかを重視して書かれる。歴史的事実だけを書いておしまいなんてことは、後藤さんは今まで一度もやってないと思う。

柳樂:最近のジャズに限らず情報が多すぎて、ジャンル名を羅列しただけで終わってしまうような中で、この本はすごく上手く情報を省いたテクニカルな本だと思う。

後藤:お褒めいただいてるんだと思うんですけど(笑)、僕にとってジャズ喫茶という職業が大きいんですよ。ジャズについて書くには色んなスタンスがあっていいと思うんですけど、私の場合は7〜8割が聴き手の立場で書いています。ゴタゴタ言っても店でかけてお客が帰ったらおしまい、こういうアルバムは長い目で見て受け入れられません。聴き手が一番偉いとは思わないけれど、表現物は表現者の独断で成立するものではなくて、それを享受する人との相互の関係性に於いて成立するもの。僕はものを書く時は聴き手のスタンスを重視して、自分の聴感を言語化することにしているから、極端なことを言えばミュージシャンが言っていることはあまり重要視しないし、あちらも本音を言わないからね。要は〈聴いてナンボ〉ってことですね。

村井:200枚のアルバムをジャンルの名前を出さずに書き分けるってすごく難しい、普通はだいたい同じような原稿になってしまう。

後藤:そうなの?

柳樂:音楽雑誌を読んでみればいいですよ。今回、書き方で面白いところが色々あって、基本はジャズ・ファン向けなんだけれど、もう少し広く届けようとしている。ジャズ・ファンに向けてジャズ評論家が書くと、“このドラムはトニーだとか、エルヴィンの系譜だ”といった話が入るけれど、この本にはそういう話がほとんど出てこない、これも面白いポイント。

後藤:それは考えたことがなかった。だってトニーみたいって言ったって、トニー・ウィリアムスを聴いたことがない人には通じないでしょ。でもエルヴィン・ジョーンズを聴いたことがなくても〈ウネルようなリズム〉と言ったらわかるでしょ、そういう言い換えです。だからトニーみたい、エルヴィンみたいって言い方は誤魔化しだと思う、それはリズムを聴いた時にそれを自分の体で把握して言語化する能力がないから。

柳樂:それと、今は〈誰々風な〜〉という書き方が非常にやりづらいというのがあるよね。全部消化した上で何かしらその人のスタイルになっているものが多い。

村井:誰か一人っていうのはない。

柳樂:だから無理やりジャズ紹介風なスタイルにしていない。

後藤:村井さんは私の本の編集もしてくれたから分かると思うけど、昔と書き方は変わってないでしょ。

村井:実は変わってない。現代ジャズだろうがハード・バップだろうが。後藤さんは〈これは〇〇に似てる〉とか書かない。

後藤:それって情報にならないからね。

 

第二部 実際に音を聞きながら

 

後藤:ではこの本の中からでも、載ってないものでもいいので何か音を聴きたいと思います。

村井:柳樂さんが持ってきたものといくつかかぶるのがあるので、まずはそれから。

柳樂:ヌバイア・ガルシアの『ソース』を。この本でもUKのジャズについて後藤さんはガッツリ書かれてます。

村井:イギリスのジャズはある時期まで白人のロック的なものがフィーチュアされていたけど、今はもうカリブ系アフリカ系のブラック

ミュージシャンのUKジャズというイメージが出てきて、これが逆にアメリカのアフリカン系ミュージシャンに刺激を与えつつある。

柳樂:後藤さんも書いてるけど、今のミュージシャンたちが出てくるまではコートニー・パインとか──レゲエとかもやってるけど、その文脈に今ひとつフォーカスしきれなかった。

後藤:仰るとおり。

村井:シーンとして見えにくかった。

後藤:個人的にコートニーは好きなんだけども、それが今のジャズと繋がっている──ということが分かったのも柳樂さんのノートの記事「柳樂光隆のUKジャズ研究」のおかげです。

柳樂:今のイギリスの動きって面白いですよ。今の人たちが出てきたから、ずーっとジャズを聴いてた人にとって、昔のレコードの意味がようやく分かるということがある。後藤さんの本のように発見があるんです。

後藤:コートニー・パインの『クローサー・トゥ・ホーム リミックス』を聴けば、今のUKジャズはここに原点があるんだな──と思うよね。

村井:ではヌバイア・ガルシアのアルバム『ソース』から「ソース」。2018年の曲です。

◎ヌバイア・ガルシア「ソース」from『ソース』2018年

村井:ヌバイア・ガルシアに限らず、最近のUKのサックス奏者はみんな音がいいんだよね。シャバカ・ハッチングスとかもそうだけど、テナー・サックスの音色が非常によく通って美しいというのが特徴。

柳樂:録音も良くて、ジャズ喫茶でかけるとハマる。

後藤:これもいいけれど、これのリミックス盤とかかけるとすごい。

柳樂:僕もDJやる時は持ち歩いていて、「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023」でもかけた。録音がいいからでかい音でかけるとハマるんですよ。逆にアメリカのジャズが結構難しい。ジャズっぽい録音だから。UKのジャズはDJにかけて欲しいからクラブ仕様になってて、低音もものすごく出るし、音がいいから音量を上げれば上げるほど気持ちいい。

後藤:僕はヌバイア・ガルシアが好き、音色がいいんです。表面的にはルイ・アームストロングの音とは水と油くらい全然違うかもしれませんが、楽器に自分の個性を込めるという点と、リズムの音楽というところは一緒。ルイの「セントルイス・ブルース」はキューバのハバネラのリズムだし、これはレゲエだからジャマイカで共にカリブ海の音楽。そうやって要素にして分析してみると、共にジャズの伝統に沿ったことをやってるんだよね

村井:面白いのはヌバイア・ガルシアとかシャバカ・ハッチングスの世代は、1948年にエンパイア・ウインドラッシュ号でカリブ海域からイギリスにやってきた人たちの二世〜三世世代くらいなんですね。

柳樂:奴隷じゃなく、労働力を欲しがっていたイギリスが移民として迎え入れた。

村井:アフリカやカリブのルーツというのは、アメリカのアフリカン・アメリカンにとっては150年以上前の話だけど、それに比べるとUKのアフリカ系カリブ系のミュージシャンの方が自分たちのルーツに近い、これはすごく面白い。

柳樂:UKのミュージシャンにインタビューしていて面白いのは、自分たちのルーツの音楽を調べて知ったわけじゃないと言う人がけっこう多い。家では当たり前のようにフェラ・クティがかかっていたりずっとレゲエが流れてたりしていて、“子供の頃は何だよコレって思ってたけど、後でこれは面白いなと思った”って話をするんです。近さが全然違うんですね。

後藤:アメリカのジャズが100年位かかって到達したようなミクスチャー・ミュージックを、例えばシャバカ・ハッチングスとかはラテン的な要素もアフリカ的な要素も受け継いで、そこに南アフリカのミュージシャンを加えてジャズ史を一身で体現しているのが面白い。というわけで、シャバカ・ハッチングスが率いるサンズ・オブ・ケメットの『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』から「マイ・クイーン・イズ・ハリエット・タブマン」

◎サンズ・オブ・ケメット「マイ・クイーン・イズ・ハリエット・タブマン」from『ユア・クイーン・イズ・ア・レプタイル』2018年

後藤:シャバカのテナーのパワーと個性的な音色、テオン・クロスのチューバとダブル・ドラムで、これでもかっていうくらいジャズの興奮を。

村井:“これ、カッコいい‼︎”とジャズ・ファンは思う。

後藤:お爺さんもお婆さんも楽しめるUKジャズ。

柳樂:UKジャズの原稿ばかり書いてたら大学の英文科から声がかかって(笑)、話を聞くと、現代はイギリスでも黒人の作家も多く影響力もあるから、UKジャズを通して学生に今の黒人文学への興味を開かせたい──ということでその入り口として呼ばれたみたい。イギリスでもジャズは面白いポジションにいて、先日のマーキュリー・プライズっていうイギリスの音楽賞ではエズラ・コレクティヴが受賞した。さっきのヌバイア・ガルシアもデビュー当時より音楽的にもクォリティが高くなって、ちょうどみんなに聴いてもらう状況ができた所なんですよ。

村井:なるほどね、ヌバイア・ガルシアは母方がベネズエラの隣のガイアナ出身で、あそこにはインド系の人もすごくたくさん住んでいる。ここを統治していたイギリスでは1830年代に奴隷制が終わって、労働力としてインドから人が来てその末裔がまだ沢山いるらしい。その辺りのことも面白いし、インド系の音楽ってイギリスは結構強い。

柳樂:バルバドス(東カリブ海)の伝統音楽にはインド音楽の影響も結構あって、その要素の強いものをシャバカが好きらしい。だからイギリスって非常に特殊。例えばノッティング・ヒル・カーニヴァルって、決まった音楽がないんですよ、サンバ・カーニヴァルのサンバとか、よさこい祭りのよさこいみたいなものが。それで練り歩きもせずに街中でひたすらカリブ海の音楽が演奏されている。新旧レゲエもあればスチール・パンを叩く奴もいて、バルバドスやトリニダード・トバコみたいなマーチング・バンドもありで、その騒々しさがイギリスのカリビアン文化のあり方なんじゃないかと思った。

村井:では後半に入ったので、ブルーノートの50年代〜60年代の曲をループさせたり、パーカッションやドラムを重ねて再構築したマカヤ・クレイヴンのアルバム『ディサイファリング・ザ・メッセージ』を。クリフォード・ブラウンやケニー・バレルまである幅広いブルー・ノートのカタログから曲を持ってきて、でも音楽としてはマカヤ・クレイヴンの音楽になっている離れ業的なアルバムです。では「ア・スライス・オブ・ザ・トップ」。

◎マカヤ・クレイヴン「ア・スライス・オブ・ザ・トップ」from『ディサイファリング・ザ・メッセージ』2022年

柳樂:後藤さんは、なんでこれを選んだんですか?

後藤:発想が新しいでしょ、音源そのものを使っているのが面白い。DJやクラブ・カルチャーではあるけど、ジャズでモロにやった人ってあまりいないんじゃないのかな。

柳樂:マカヤはインタビューもしたけど、これの斬新さはクラブ系ヒップホップの人が絶対に使わないハード・バップばかりを使っていること。自覚的に誰もやってなかったことをやる──というコンセプトで選曲をしてるのが面白かった。発想がジャズ・ミュージシャンっぽいから、ジャズとして聴けるものになってる。

村井:元々の演奏にチューバとかユーフォニアムとかの低音楽器が入ってるのをミックスで大きく出して、でもハンク・モブレーとリー・モーガンのソロはちゃんと残してる。大胆だけど対象をリスペクトしてる。

柳樂:今までのトラック・メイカーが作るものは、ブラック・ミュージックの歴史がどうとかは関係なく切断されているところが面白い──という話があったけど、今、ジャズ・ミュージシャンがやってることは真逆で、ヒップホップ的な面白さを持たせつつ確実に歴史に接続するというもの。だから後藤さんがジャズの文脈でも紹介できると選んだんだと思う。

後藤:マカヤの一番新しい『イン・ディーズ・タイムス』は先ほどの『ディサイファリング・ザ・メッセージ』とは全く傾向が違っています。彼は色々なことをやっていて面白いので、同じ人が続きますが1曲目をかけます。

◎マカヤ・クレイヴン「イン・ディーズ・タイムス」from『イン・ディーズ・タイムス』2022年

後藤:マカヤは引き出しが多い才人で、先ほどのアルバムと同じ人がやっているとは思えない。これなんか典型的な現代ジャズだと思う。つい最近彼のライヴを見たけれど、非常に複雑だけどキレのいいドラミングにレトロ感のあるストリングス、そこにモロにジャズのソロが乗って渾然一体となっている。特にドラムがすごくて、いつまでも観ていたいステージでした。

村井:作り込まれたものもすごいけど、生で観ると別なすごさがあって、最近のミュージシャンには結構そういう人が多い。だから作品化されたものとライヴは分けて考えている人が多いんじゃないかな。

後藤:カマシもアルバムはきっちり作り込んでいるけどライヴはノリノリで。

村井:先日のディナー・パーティもアルバムとライヴは全然違う。

柳樂:アルバムは普通にR&B。

後藤:カマシってクレヴァーだと思うのは、ディナー・パーティじゃバカみたいに吹きまくったりせずに、ちゃんと抑えてロバート・グラスパーの意向に合わせてる。

柳樂:新作が出たばかりの上原ひろみでさえ、アメリカの「タイニーディスク・コンサート」という人気YouTube番組での演奏はアルバムとは全然違う。

後藤:アルバムとライヴということで言えば、アマーロ・フレイタスを聴きましょうよ、ブラジルのピアニストで、アルバムも精緻な演奏ですごくいいんだけど、ライヴが怪物的なんだよ。これから絶対出てくる人。

村井:興奮しますよね。

◎アマロ・フレイタス「サンコファ」from『サンコファ』2021年

村井:割と複雑なアレンジの複合拍子をやっているけれど、ライヴはそれどころじゃないって感じでしたね。なんて言えばいいんでしょう。

後藤:超越技巧だけど、テクニックだけがすごいというよりノリとかパッションがすごい。

村井:グルーヴのスケールがやたらでかい。

柳樂:リズム・ベースで作ってるからね。ブラジルにモアシル・サントスっていう、最近ジョビンより名前が出るようになった作曲家がいて、彼とかはメロディもハーモニーも全てリズムから発生するという考え方。アマロもその影響を受けたという話をしていて、アフリカ系のミュージシャンの音作りをしてるから全然別物になってる気がする。彼も黒人で、ブラジル北東部の黒人が多い地域で育っていて、シンパシーを感じているのはシャバカとかクリスチャン・スコットとかカマシ。

後藤:なんか分かるような気がする。

柳樂:後藤さんが好きなラインがそれぞれ影響を与え合ってる(笑)。

後藤:私の好みの基本はリズムで、レゲエとかに燃えちゃうんだよ、どうしても。ジャズはリズムの音楽ということで言えば、私の好みは王道なんじゃないかなって勝手に思っているんだけど(笑)

村井:では次にかけるのは、自国アルメニアの音楽をベースにしたジャズをやっているピアニストのティグラン・ハマシアン。バルカン半島もそうなんだけど、アルメニアの音楽って7拍子や13拍子とか変拍子系が多くて、今回の本にも載っている『スタンドアート』は基本的にはジャズ・スタンダードをやっていて、ただ奇はてらってないけどどこかアメリカ人がやるスタンダードじゃないのが面白い。今日かけるのはチャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングスでもやっているスタンダード中のスタンンダード「アイ・ディドント・ノウ・ホワット・タイム・イット・ワズ」

◎ティグラン・ハマシアン「アイ・ディドント・ノウ・ホワット・タイム・イット・ワズ」from『スタンドアート』2022年

村井:なんかゴツゴツした匍匐前進みたいなスピードで、普通のジャズ・ピアニストじゃこういうアプローチは絶対しない。他のアルバムでは変拍子バリバリでプログレみたいな感じもあって。

柳樂:ここ5〜6年の傾向で、昔のスタンダードをやる人が増えてる。やっぱりスタンダードの聴き比べって楽しいし、ジャズをずっと聴いていた人は色んなヴァージョンを山ほど知ってるわけだから。こういうアルバムこそ、後藤さんが届けたい人に届けられるアルバムかなと思う。

後藤:どこから入ってもいいんですよ、ともかく現代ジャズって多彩なんですよ。

村井:最近はヴォーカルが入っているアルバムが多くて、ヴォーカルが重視されているといいますけど、突然、すごく若い、20代前半の人が非常にオーソドックスなスタンダードをオーソドックスにやっていたりというのも多いですね。

柳樂:僕の半分くらいの歳の20代前半のアメリカの人たちがやたらスタンダードをやるし、20年代〜50年代のジャズのスタイルを模倣したような音楽や、そういう音で録ったものをやるようになっていて、若い人たちにとってのフレッシュな要素は日々変化しているので、古臭いと思われたものが新しいというのはありますね。

後藤:この本に載せたものは、基本的に実際店でかけたり放送で使えるというくくりで選んでいますが、正直いうと自分で一番面白いと思ったものは、聴いたことがないテイストのサウンド。そこで最近ハマっているのがイスラエルのバターリング・トリオ。イスラエルのジャズは特殊なテイストがあるような気がして、このヴォーカルも聴いたことがないテイストなんですよ。

◎バターリング・トリオ「グッド・カンパニー」from『フォーサム』2022年

後藤:ごく大雑把にいうとボサ・ノヴァ的にも聞こえるけれど、リズムが全体的にタイトで切れ味が違う。女性ヴォーカルもクールに歌っているけど静かな熱量がある。近いものを感じたのはラテン系の女性ヴォーカルが入ったキップ・ハンラハンのアルバムかな。

村井:この曲のリズムはちょっとレゲエ系。

後藤:そうですね、何がどうミックスされているのか分からない不思議なテイストです。現代ジャズというのは、色々とほじくり返してみると気持ちのいい新しい感覚が生まれてきていて、それはこの本で選んだ200枚にたっぷり入っています。

村井:なんと全ての曲にQRコードが付いていて、全部聴くことができるんですよね。

後藤:アルバムを買っていただければその方がいいんだけど。

村井:だからこれでちょっと聴いて、よかったらCDやアナログを買うというのがいい。

後藤:1冊がCD1枚分の値段で、色々と曲が聴けるんだから、これは買わないのはもったいない(笑)。

村井:真面目な話をすると、今のジャズをきちんと系統立てて全体像を知ろうとするのはすごい大変で、ともかく情報が錯綜していて、しかも量が滅茶苦茶多いので取捨選択しにくい。それが一つの本にまとまって200枚のアルバムの情報がここにあり、しかも後藤さんがちゃんと自分の耳で選んだセレクションで、それに留まらず〈なぜ現代ジャズか?〉ということが系統立てて分かる本というのは今はこれしかない。「Jazz The New Chapter」はすごいんだけど、ちょっとコンセプトが違うものね。

柳樂:あれは、ともかく今一番新しいものを追いかけようという本だから、まとめるのとは別で。だから今、世界的にまとまっているのは英語版でネイト・チネンの「Playing Changes:Jazz for the New Century」と、もう一冊くらい。それもエリア的にやや偏っていたり、もう古くなったりしてるので、そういう意味では南米やカリブ海やイスラエル本国とかにまで目配りして──実はワールドワイドの現行のジャズを知る手がかりは日本が一番あるので──世界的にもすごく便利なものだとは思います。

村井:一冊にまとまっていて、ともかくこれは具体的な本なので。これを聴きましょうという作品が、タイトルが載っていて具体的な内容が書いてあって、しかもQRコードも付いている──というジャズ・ファンにとってはありがたい本だと僕は思っています。

後藤:どうもありがとうございました。あと、僕が強調したいのは、私のジャズ史観が正しいかどうかは分からないんだけど、一番気を配ったことは、現代ジャズは急に出てきたものではなくて、要素に分解してルーツを辿っていくとルイ・アームストロングまで行くということ。その間のエリントンにも繋がるし、もちろんパーカーにもマイルスにもコルトレーンにもハンコックにもフュージョンにも繋がる。フュージョンについては、フュージョンがやろうとして失敗したことを現代ジャズが上手く成し遂げているという文脈で捉えています。

村井:関係性は実はすごくあるんですよね。

後藤:もちろん私のジャズ史観が絶対正しいという気は毛頭ないです。皆さんそれぞれのお耳で検証していただいて、どこまで説得力があるかというのをご判断いただきたいと思います。というわけで、今日は村井さん、柳樂さんありがとうございました。

村井柳樂:ありがとうございました

後藤:皆さんありがとうございました。

場内拍手

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    A5判 / 192ページ / ¥ 2,420

    シーンの最先端を行く「現代ジャズ」の魅力を、ジャズ喫茶のオヤジが徹底解説!
    こんなに面白い音楽を聴かないなんて、もったいない!

    そもそもジャズとは何なのか、その特徴や魅力とは──まずはそこを踏まえつつ、丁寧、明快かつシンプルに「現代ジャズ」の面白さを解き明かす新たな試み。一見異質でハードルが高そうな「現代ジャズ」も、伝統的・正統的な「ジャズ」の延長線上にあるのだ。四谷の人気ジャズ喫茶「いーぐる」の店主である後藤雅洋が、すべてのジャズ・ファンに現在進行形のジャズに触れて欲しいと、論評とアルバム解説200枚(すぐに聴けるQRコード付き)で読者の背中をグッと押す。

    【CONTENTS】
    まえがぎ

    序章

    第1章 現代ジャズ紹介──伝統的ジャズと連続性を持つ現代ジャズの特徴
    ①「ポピュラリティの復権」〜ヴォーカル、コーラスの多用〜楽曲の重視

    ②「混合・融合音楽としてのジャズ」〜“サウンド”の復権
    a. エスニック・テイストの導入
    b. クラシック的手法の採用
    c. エレクトロニカ・ミュージッックの影響とリズムの進化
    d. 作曲・アレンジの重視

    ③「世界音楽」としてのジャズ
    a. 「世界音楽」とは〜ジャズ最強音楽説
    b. 「世界音楽化」を象徴するUKジャズの活性化
    c. UKの特殊状況
    d. ミュージシャン紹介
     
    第2章 現代ジャズの面白さを伝えるアルバム「特選200枚」
     
    第3章 ジャズ史における現代ジャズの位置付け──ジャズを取り巻く環境の変化
     
    あとがき

    「特選200枚」アルバム・リスト

    人名索引

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