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かつて、レコード店は日常の町の風景として存在し、そこでは新しい音楽や人との出会いが当たり前のようにあった。東京にもそういう時代があった。そんな頃に著者 若杉 実氏の中に生まれた、“レコード屋のオーナーに聞いた話を一册の本にまとめたい”という思い、それがスタートだ。
そしてそれは、東京の音楽文化を発信し続けてきたレコード・ショップを丹念に取材することで、1903年から現在に至るまでの歴史を綴った一冊『東京レコ屋ヒストリー』に結実する。
今回のトークイベントは著者が毎週末にレコードを漁りに来ていたという下北沢にある“本屋B&B”にて5月22日に行われた。ゲストに迎えられたのは小学校高学年の頃から輸入盤屋通いをしていたサエキけんぞう氏、そして後半には著者が通い詰めたレコード屋フラッシュ・ディスク・ランチのオーナー 椿 正雄氏も参加してのトークとなった。

一番重要なのはレコードを売っていた店。この本はそこに焦点を当てました

若杉 実:渋谷系とか言われていた時代をピークに宇田川町やいろいろな所にあるレコード屋をよく廻ってました。最初は単純に“お店の人に話を聞いて一冊にまとめたいな”と朧げに思ってたんですが、まだ当時はレコード屋さんもたくさんあって、そういう本も今ほど関心が薄いというかニーズがなかった。ところが十年、二十年と経ちレコード屋がどんどんなくなってくる。そうなるとオーナーさんに話を聞くだけじゃなく、その移り変わりも含めてもっと掘り下げ、歴史を辿って客観性も含めた一冊の本に仕立てたいと思い直したんです。一方でにわか的にアナログ・レコード・リバイバルと言われて、それまで普通に触れられていたレコードの敷居が高くなり崇高なものみたいになってしまった。そんな風潮にちょっと疑問もあって、そういう批評的な立場でも書き上げられれば、より深みのある本になるかなと。
サエキけんぞう:これはレコード史なんです。すごく調べて研究されていて、レコードがどうやって始まったかではなく、どうやって売られていたのかということがこの一冊を読めばかなり分かる。
若杉:ただし、いわゆる堅い歴史書、教科書みたいにはしたくなかったんです。活字を読んでる感覚を捨てさせたい、その情景をイメージしてもらうような。
サエキ:ここに書かれているレコード屋も半分以上はなくなっています。それは悲しいことじゃないですか、でもこの本は優しく背中を撫でてくれるような、在りし日の面影を感じられるような描写になっている。たしかに現在のレコード屋の状況は厳しい、でも完全には終わってない、そういう気持ちがこの時系列ではない構成にあると思います。
若杉:音楽ジャンルでいうとブルース、そういう本です(笑)。取材対象はおおまかにいうと30店30名ほど。店が続かないとか暗い話が多かった中で、最後に取材をした芽留璃堂の社長から「今うちはイケイケだよ」という話を伺って、それまでの29人の話がオセロの黒白が裏返るようにガラッと変わって見えたんです。
サエキ:この本にも書かれてますがインターネット黎明期からホームページを立ち上げて販売を始められてたんですよね。
若杉:新しい物に対してどん欲な方で、オンライン・ショップでのレコード屋の未来について話されてます。

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この後、サエキ氏から小学校高学年で当時の音楽情報源だったミュージック・ライフ誌の輸入盤記事を頼りにお茶の水のdisk unionに通った体験談も交え、68年から73年頃の洋楽ロックのジェットコースターのような大変動ぶり、URCレーベルなども交えた邦楽ロック、フォーク・シーンの流れ、それに伴うレコード購買層の変化などが語られた。
さらに70年代に開業する原宿竹下通りのメロディー・ハウスや青山のパイド・パイパー・ハウスが、その頃の音楽や風俗のイノベーターとしての役割を果たしていた話に移り、シンガーソングライター・ブーム、AORブームといった音楽の流行とレコード屋の移り変わりに言及された。
ここで若杉氏が学生の頃通っていたフラッシュ・ディスク・ランチのオーナー椿 正雄氏が登場。レコード仕入れなど興味深い話が語られた。

椿:レコード屋は、ポップス、カントリー&ウェスタン、ジャズ、オールディーズ、イージーリスニング、ロックと裾野を広く持っているから成り立っています。それとは別にジャンルのマニアが高じて始まる店でも続けばいいんです。元々は違う所から始まっても、だんだん共有するようになってくる。でも共有出来ない人たちの店はざっと10~15年のスパンで消えて今はもうないですよ。
サエキ:椿さんが考える、レコードの仕入れが上手くできる人と、出来ない人の違いってなんですか?
椿:仕入れに関して大事なのは取引先です。お客さんはお店にとって取引先だし、仕入れてくる人も俺にとっては取引先、そこの信頼関係ですね。それは長年の付き合いの中から生まれてくるもの。まぁ中には薦められて買ったけど売れなかったレコードもあって大変な目にあったこともあります。2000枚のコレクションを買ったもののまったく動かなかった時は、しかたがないから1枚1枚聞いて、聴き処やいい曲を探してコメントを付けて売りました。でもこの作業が後でどれだけ役に立ったか。時代がサバービアとかなった時に求められた盤は結構これらの盤に被ってたんです。例えば10タイトル出てれば2~3タイトルはすごく売れるヤツで、6~7タイトルはまぁまぁなんとか動くヤツ。あとの2つ3つがもしかしたら売れるかもしれないか、まったくダメな箸にも棒にもかからないヤツ。でも名盤が限られているように全くダメなヤツも限られてるんです。だから結局発掘してるようでも、そのダメな中から再評価して価値を付けてるだけなんです。でもあんまり強気な値付けはできなくて。
若杉:フラッシュ・ディスク・ランチに通ってたのもその良心的プライスが魅力だったから。今でも憶えてて、最初に買ったのはWARのアルバム『ギャラクシー』。僕はベースが黒人音楽、元々がヒップホップでそこからルーツに遡っていった。一番衝撃的だったのはハービー・ハンコックの「ロック・イット」、そういう世代ですね。
サエキ:83年のエレクトトロ・ヒップホップ。70年代後半にクロスオーバーがフュージョンに変わり、80年代になると打ち込みサウンドになっていく。
椿:ブラック系の音楽というのはどこかマイナーだったんですけど、80年代の終わりにはそうじゃなくなる。俺のレコード屋の師匠はカントリーが好きで、俺はブルース、ソウルとかファンクが好きなんですけど、店を始めた時に思ったことは、結果的にカントリーとブルースがわかればだいたい今の音楽はわかる。
サエキ:カントリーは正直言ってメインストリームじゃないけれど、ブルースとカントリーというツボを押さえておけばロックが分かるというのはスゴいですね。
椿:世界を見たらインドや中国や色々な国の音楽の中ではロックやジャズやソウルなんてのはほんの一部ですよ、一つの音楽っていってもいいかもしれない。だからそんな中で黒人音楽、白人音楽とか分けるのがおかしくて。元々それが融合したところから生まれたものだし。マイケル・ジャクソンを頂点に世界を取ったけれど、その核を作ったのはカントリーとブルースなんです。
サエキ:考えてみれば、エルヴィス・プレスリーのデビュー・シングルが「ケンタッキーの青い月」と「ザッツ・オールライト・マ」のカップリング。片やカントリーのビル・モンロー、片やブルースのアーサー・クルーダップのカバーですよ。
椿:そのカントリー好きの店長の店で実感したことなんですけど、「いい音楽はいい人によって作られているはずで、それをわかるのはいい人間である」ということ。これは自分の中にテーマとしてあってそれを確信してます。

この後、ロックとファンク、ソウルの関係史、渋谷系、サバービア、80年代後半から90年代初頭のレコードをdigする時代、海外での買い付けが盛んだったシーンが、近年は外国人が日本にバイヤーとしてレコードの買い付けに来て彼らの多くは帯付き盤を探しているなどの話が語られた。

椿:レコード盤の価値というものは価格じゃない。例えばシーンを作っているDJとかミュージシャンは高い中古盤は買っていないですよ。人気がなくて二束三文の安い頃に買って自分でかけてメジャーにして、そこで流行って値段が高くなる。だからその頃に高くなったものを一生懸命買っても、みんなが持っているからそれは高いだけで、それを元に何も新しいものはつくれないんです。それを買ったから偉いという価値観のすり替えをしてるだけなんですよ。だからレコードは楽しんで買うのが一番。
サエキ:今の話に繋がるんですけど、私は78年から徳島大で歯医者の修行をやってまして、そこで大学の前にあるレコード屋に通い詰めてました。82、3年頃かな、そこの店の2階に中古盤コーナーを開くというので、その買い付け、バイヤーを頼まれたんです。この80年代の中古盤、ロックのレア盤の買い付けというのはリンクしていて、イノベーションからいよいよ物量化する時代に変わっていった時代なんです。この辺りのことは本にも書かれてますよね。
若杉:そうそう、書く寸前に亡くなられてしまったマンハッタン・レコードの平川さんがお店を立ち上げる前に個人でアメリカに買い付けに行ったものを秋葉原のビルの催事場を借り販売したところ、自分の目利きで現地で選んだシンガーソングライターやAORがすごく売れたという話ですね。
サエキ:さまざまなジャンルのレコード・マニアがまだまだ余力を持っていたのが80年代初頭くらい。各地で行われるレコードフェアに列を作って買いに行ってたんです。
椿:その辺りのことは全部本に書いたから、今日は若杉さん発言が控え目。でも本当に労作ですよこの本は。分厚いですけど中身はその数倍ありますから。
サエキ:で、その時代に中古盤フロアのバイヤーを任されたんですが、私が強かったジャンルがアイドル。その仕入れと値付けを担当したんです。買い取り告知を出したらそれこそ四国中からレコードが集まって来ました。そこで主力商品になるアイドルのシングル盤を50円で買って350円ぐらいの値段を付けたんです。コレは絶対に売れる、絶対売るという信念の元に、アイドルからレッド・ツエッペリンまで350万円で仕入れました。それを並べてオープンしたんですが、開店と同時に100人以上が押し寄せ、店になだれ込んで二階に上がる階段が壊れました(笑)。
椿:どのくらい売れたの?
サエキ:開店三日間の売り上げが280万円。そのうち半分ぐらいがLPを含むアイドルのレコードだったんじゃないかなあ? ロックアルバムも良く売れましたし。アイドルの在庫はほとんど売れて、結局一ヶ月で仕入れの350万円超え。
椿:それはすごい。フラッシュでも一番売れている時に土日のセールを頑張って100万円の売り上げを目指したんだけど達成しなかった。だから280万円を売るというのは値段札付けや、仕分けとかとんでもないスゴい仕事量!
サエキ:中古盤自体が珍しかった。流行りものだけを追うレコード屋の店頭品揃えにみんな不満があったんですね。四国という土地でレコードファンにイノベーションとなったわけです。この時時代の胎動を感じました。本当のマニアの人がレコードを買っていくという形に結実させるという、メロディー・ハウスや、パイド・パイパー・ハウスがやったことを徳島の中古盤コーナーでやったと(笑)。本当の意味での価値付けですね。
椿:今、レコード盤が少し注目をされてますが、そんなのいつ終わるかわからないし…、でも最近ちょっと思い始めたのは、レコード盤はどっちみち廃れていくんだろうけど、もしかしたら、元のサイズじゃないけど、メディアがレコードに戻る可能性がゼロではないかなと。CDは制作費をかけずに同じ物を何回でも売れる。ビートルズ、ビーチボーイズと同じ音が何度でも売れるし、リマスター、ボーナストラックといって同じ物を何度でも売れる。でもこれって詐欺っぽくない?って思ったんです。CDは時代とともにメディアとしての魅力が失せてくる。一方レコードは長い時間をかけて切磋琢磨され淘汰され残った形。CDはその轍を踏んでいないし、カッコ良く言えば愛が無い。いろいろなところで不備が溜まって、手に取って愛されないメディア、メディアとして下がり目になっています。
若杉:CDは消耗しないから古くならないし、アナログ盤のように傷がついてその音が出て来たり、ジャケットも含め損傷したりというものがない。プラケースは割れても変えられるし。そういう温かみというものがないんですよ。ただ、こうやってファイルの時代になると、将来CDも物珍しくなるのかもしれませんけどね(苦笑)。
椿:この後5年10年とレコードというメディアは若干はプレスされて文化として残るのかどうか? すごくチャンスは薄いけれど希望的観測としてそちらに賭けてやっていこうと思います、確率は低いけれど、そういう可能性が若干でもあることがうれしいですね。皆さんもレコード・プレーヤーを買ってアナログ盤を聴いてみてください。きっと俺の言ったことが分かってくると思います。わすれていたものを思い出すかもしれない。

── それではそろそろ時間なので若杉さんにまとめをお願いします。

若杉:今のレコードリバイバルではレコード盤そのもののことが注目されていますよね。それが高じてプレス工場へ見学に行くとか、あるいは再生するオーディオも高級志向が強まってる。でも僕は一番重要なのはそれを売っていたお店だとずっと思ってたのでそこに焦点を当てない限りダメかなと。レコードの先にあるもの、それをどのように売り買いしたか、要するに人間模様。それがこの本を作った一番の理由です。まだまだお話を聞きたかった方はいっぱいいます。抜けている有名なお店や大事な人も。お話を聞こうにもいろんな事情があって聞けなかったお店などもありましたから。続編ですか? 需要があるなら可能かと思いますが、自分ではこれを書くということはひとまず決着の意味を込めたつもりなので。正直、もうレコード屋巡りはしなくなったし…。これで自分の中では打ち止め。気持ちとしてこのテーマからは離れたい…。本を書くということはそういうことなんでしょうね。付け足すと自分の中では最終章のオンラインのところは読んでいただきたいと思っています。歴史というのは古いものだけじゃなくてこれからの歴史も重要だし、未来はわからないけれど、こんな風になって行くだろう…という事に対して対策をねっている人の意見も重要だと思います。

この後来場者との質疑応答があり、約3時間に及ぶイベントは幕を閉じた。

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「東京レコ屋ヒストリー」のご案内

東京レコ屋ヒストリー

四六判/464ページ/本体 1,800+税

2014年に刊行されて好評を博した「渋谷系」の著者・若杉実が、そこで掘り下げた渋谷のレコード文化からさらに視野を広げて、戦前(1930年代)からの東京のレコード店(=レコ屋)の歴史を、当事者や関係者への取材、各種文献の確認などを踏まえて総括する一冊。アナログ盤の見直しやRECORD STORE DAYの浸透、HMVの新たな店舗HMV record shopの展開など、レコード文化に対する興味が再燃している現在、音楽ファンやカルチャー好きが知りたいこと満載のバイブルとなるでしょう。

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