「いしいしんじの音ぐらし」の発売記念トーク&サイン会

5月29日ブックファースト新宿店において「いしいしんじの音ぐらし」の発売記念トーク&サイン会が行われた。
ゲストに音楽評論家 湯浅学さんを迎え、いしい・湯浅それぞれが愛用の手回し蓄音機を持ち寄り、SP盤をかけながらトークを行うDJ形式での進行。
日々の暮らしの中でのレコード(音盤)に対する愛を描いた著作の発売記念だけに、蓄音機やSP盤、そこに記録された音に対する気持ちが感じられるイベント。それぞれの持ち込んだ機械は60~80年を経た年代物。1曲ごとにゼンマイを巻き、サウンドボックス(拡声器部分)に鉄針を装着し慎重にSP盤の溝に落としながら楽曲をかける、音楽を愛でる儀式のような作法で行われた。

会場はさながら半世紀くらいタイム・スリップしたかのような錯覚に襲われる

「いしいしんじの音ぐらし」の発売記念トーク&サイン会いしい: 5月16日(土) と17日(日)に京都で行われた「第3回京都レコード祭り」でも、湯浅さんと僕と息子の4歳になるひとひ君とで「アナログばか三代」と題して、アナログ盤をかけまくるDJをやったんです。そこで湯浅さんが“こんなつなぎができるのはひとひ君だけだ!”と驚いたのが、「俺ら東京さ行くだ」(吉 幾三)から「エリザ」(セルジュ・ゲンズブール)をかけた時。
湯浅:あれは凄かった、びっくりしたね
いしい:二日目は1時間半くらい早い曲をかけまくって、力尽きて寝ましたからね(笑)。で、終わる30分くらい前に起きて“おとうさん!剣さんかけなあかん!”って。
湯浅:クレイジーケンバンドの「ベレット1600GT」かけてました。
いしい:そういう流れで、今日は蓄音機でSP盤をかけながらやっていこうと思います。で、実は今日は特別な日でして、僕が住んでた三浦半島の三崎に「まるいち」という宇宙一の魚屋さんがありまして、そこが本当に美味しくて楽しい店なんですけど、その店主ののぶさんが昨日の朝(28日)に亡くなられたんです。今日は追悼でのぶさんに聞かせるつもりでレコードを持ってきました。しんみりした曲ではなくて、のぶさんらしい曲からかけたいと思います。カリプソです、カリブ海の明るい民謡。みなさん、のぶさんをイメージして聞いてください。まずゼンマイを巻くんですけど、のぶさんが享年68だったので68回巻きます。

♪「ドント・タッチ・マイ・ナイロン」

マリー・ブライアントとジャッキー・ブラウンズ・カリプソ・バンド
いしい:スカっとした音でしたね、では次は湯浅さん。
湯浅:前にいしいさんが“野球す~るなら~♪”という、「野球拳」をお持ちになったので、この“拳”というのはじゃんけんの“けん”で、他にも「相撲拳」とかもあるんですけど、今日は「プロレス拳」というのがあったので持ってきました、

♪「プロレス拳」神楽坂はん子・中島孝

湯浅:去年、塩ビ盤で「ゴルフ拳」てのを見つけましたけど、どの辺まであるんでしょうね。「体操拳」とか「ジャンプ拳」「スキー拳」(笑)
いしい:「新体操拳」とか(笑)。次は有名な曲を。世の中には“そんなものわざわざレコードで聴くかいな”という曲がありますけれど、たまたま買って聴いたらびっくりして度肝を抜かれた曲をかけます。プラターズの「オンリー・ユー」なんですけど。
湯浅:駅とかスーパーのバッタ物でCDはよく売ってますね。
いしい:で、よく知ってると思って聴いたらこれが大違い。
湯浅:これは驚いた。
いしい:この凄さは蓄音機で聴かないとわからない。

♪「オンリー・ユー」プラターズ

いしい:これくらいのヒット曲になると、本当に力がありますね。
湯浅:全然違いますね。前にサム・テイラーの「ハーレム・ノクターン」をSPで聴かせてもらったんだけど、あれもびっくりしたな。サックスって筒なんだなぁと改めて思いました。

「いしいしんじの音ぐらし」の発売記念トーク&サイン会

次々とかけられるSP盤は、電気で増幅していないにも関わらずかなりの大ヴォリュームで、会場はさながら半世紀くらいタイム・スリップしたかのような錯覚に襲われる。

いしい:KBS京都(京都放送)のスタジオで、“第二次世界大戦中この曲がかかっている間は銃声が鳴らなかった”と言われた「リリー・マルレーン」をかけた時には、そこが大戦中のユーゴスラビアに思えました。
湯浅:KBSのスタジオって本当にいいところで、あそこに住みたいくらい。
いしい:湯浅さんが番組を持ってないのが不思議なような場所で。
湯浅:俺が備品でいてもおかしくない(笑)。で、機材がいちいち旧くてすごくなじむの。
いしい:この蓄音機を使った番組収録は別の新しいスタジオでやってたんですけど、たまたまそこが取れなくて旧い方に行ったら、これが凄い。その場の空気とか湿度とかの質感が出て。
湯浅:蓄音機は場所を選ぶ。お寺とかで亡霊感のある曲をかけると凄いよね(笑)、エルヴィスとか危なかった。
いしい:お寺とか教会は、その場所自体が楽器なんですよ。お説教やお念仏がどれだけ響いて伝わるかというのを考えて作ってある。だから蓄音機の音ははまるんですよ。
湯浅:そこに居る人が多ければ多い程良く鳴るんだよね。
いしい:京都の木造の礼拝堂で1,400人を前に礼拝堂ごと歌わせてましたから。みんな巨大な“セロ弾きのゴーシュ”のチェロの中に入ってるような感じで気持ちよかった。
湯浅:ではここでそのエルヴィス「お日様なんか出なくても構わない」のB面「ブルームーン」を。同志社で電気再生でかけたらみんなシーンとしちゃった曲です。
いしい:エルヴィスが未だに居るのがわかります(笑)。

♪「ブルームーン」エルヴィス・プレスリー

いしい:シーン…ですよね(笑)、ボクもエルヴィス持ってきたので。エルヴィスときどき日本語で歌うんです(笑)

♪「ハートブレイク・ホテル」小坂一也とワゴン・マスターズ
♪「ブルー・べルベット」クローバーズ

この後、初の試みで2台の蓄音機で同じSPを同時再生してステレオで聴こうという「SP盤2枚がけ」にチャレンジ、しかしさすがに同じタイミング同じ速度で再生というわけには行かず、いしい蓄音機のみで再生。

♪「逢ったとたんに一目ぼれ」テディ・ベアーズ

いしい:今日はのぶさん追悼ということもあるので、リズム&ブルースのシンガーで去年亡くなったソロモン・バークを。
湯浅:ごく初期の音源で歌は無茶苦茶上手い。

♪「ノーマン・ウォークス・アローン」ソロモン・バーク

いしい:では最後に1枚ずつかけて終わりにしましょうか。
湯浅:じゃこれを。ファッツ・ドミノの方が有名ですけど。

♪「ブルー・マンデー」スマイリー・ルイス

いしい:最後にビートルズをかけたいと思います。この本「いしいしんじの音ぐらし」にも「ビートルズのSP盤を買う」という顛末を落札する瞬間までを細かに書いたんですけど(笑)。
湯浅:このときは興奮したな。
いしい:湯浅さんと前の日、いくらくらいまで競りましょうかって相談して、864ポンドにしたんです。レーベルの名前がパーロフォン(8・6・4)だからってことで(笑)。で、そこまではいかなかったんですけど、無事に落札できて湯浅さんと共同購入したのが「抱きしめたい C/Wこいつ」だったんですけど、今日はその後に入手したこの「恋におちたら C/W アンド・アイ・ラヴ・ハー」を。で、SP盤というのは鉄の針で盤の溝を削って音を出す仕組みで。
湯浅:身を削って聞かせてくれてる。
いしい:これはインド盤なんですけど、インドというのは当時のSP盤の原料となるシュラックが一番よくとれてた所ですね。
湯浅:原産地。
いしい:では今日はポール・マッカートニーが歌う面の「アンド・アイ・ラヴ・ハー」。

♪「アンド・アイ・ラヴ・ハー」ビートルズ

蓄音機でかけるSP盤というものが、普段聴いているCDやLPやシングルの塩化ビ盤とはひと味もふた味も違った不思議な世界に誘ってくれる事を体感できたイベント。帰りにはお土産として湯浅さん作SP音源のコンピレーションCDと湯浅俳句にいしいさんの絵が描かれた「叡列車で行こう」というイベントの記念掛け軸風ポスター、いしいさんの今日かけた曲に因んだ直筆イラストが参加者に配布された。

「いしいしんじの音ぐらし」の発売記念トーク&サイン会

「いしいしんじの音ぐらし」のご案内

いしいしんじの音ぐらし

四六判/168ページ/本体 1,400+税

電子書籍『ミュージック・ライフ+』で好評を博した、作家いしいしんじによる連載コラム「いしいしんじの音ぐらし」を一冊にまとめて単行本化! 連載分18編に加え、『ハイレゾ音源カタログ』『ROCK JET』掲載の2編、さらに書き下ろしの2編を追加した全22編を掲載。ビートルズからピンク・フロイド、ディープ・パープルからクレイジーケンバンドまで、“いしいしんじワールド”全開です。楽しいイラストも満載!

特集・イベントレポート