『ビジネスマンのための(こっそり)ジャズ入門』トークイベントが、11月12日ジャズ喫茶いーぐる四谷にて 著者:高野 雲氏を迎え、音楽評論家:村井康司氏による司会進行で行われた。
マイルスは鬼上司、ビル・エヴァンスは開発部長???
村井:ジャズ・ミュージシャンをビジネスマンに例えるという発想はどこから生まれたんですか?
高野:この本の編集を担当された富永さんから企画を求められたときに、“普通のジャズ入門書じゃないよなぁ〜何かフックというか色もの的な仕掛けが〜”と思ったんです。以前「宝島」の編集をしていたとき(すでに音楽誌ではなくビジネス&経済雑誌だった)に、企業を取材していろいろなタイプの方にお会いしてまして、それをジャズマンになぞらえると面白いかな…と思って30分くらいで企画書を書いて冗談のつもりで送ったんです。そうしたら数日後企画が通って(笑)。
村井:「マイルスって上司だといやだなぁ」とか雑談することはあるけど、この本は25人(組)じゃないですか。全部当てはめるのは大変だったのでは?
高野:大変でした(笑)。企画書に書いた10人くらいまではわりとすぐに出てきたんですけど、そのあとはかなり苦労しました。
村井:ときどきサラリーマンじゃない人が出てきて。チェット・ベイカーは“行きつけの店のマスター”、オーネット・コールマンは“ガリガリ君”(笑)。ま、マイルスが鬼上司というのはわかるけど、アート・ブレイキーは“下町の中小企業のジャズ親父”だとか、バド・パウエルが“老いたるカリスマ社長”…可哀想だな…、高野さんパウエル好きでしょ?読んでると好きなのは伝わってくるんですけど、老いたるっていうところにパウエルの人生を感じますよね(笑)。で、この本はそうやってジャズマンを身近な存在になぞらえてビジネスマンにわかりやすく解説してあるんだけど、よく読むと真っ当なジャズ入門書なんだよね。
高野:ありがとうございます。
村井:そもそも高野さんがジャズを聞くようになったきっかけは?
高野:予備校の頃近くに移転する前のタワーレコードがあってよく行ってました。で、その先に「SWING」ってジャズ喫茶があったんです。そこではジャズの映像を見せてくれていたので、音よりも映像の方からジャズに入りました。
村井:映像だとジャズメンの佇まいとか、弾いているときの格好や顔とかそういうのも合わせて入ってきますよね。
高野:音だけ聞くより入って行きやすかったと思います。当時はもちろんYouTubeとかないし、VHSのビデオも1万円くらいしてたので学生が買えるものじゃなかった。この店ではたくさん映像を見せてもらいました。音だけだと何が起きているのかわからないんですけど、映像があると両方が脳に入ってくるんです。アート・アンサンブル・オブ・シカゴとかは絶対映像で見た方がいいと思う。
村井:音だけじゃわからない。フリー・ジャズは結構そういうところあるよね。で、一番最初に好きになったミュージシャンは誰だったの?
高野:好きというか、おっ!って身を乗り出したのはベーシストのスコット・ラファロだと思うんです。最初に聞いたビル・エヴァンスの『ポートレート・イン・ジャズ』でも、ピアノよりベースがブンブン前に出てきて耳に入ってきて。
村井:この本の中で、ビル・エヴァンスは“新製品に命を賭ける開発部長”となっていますが。
高野:エヴァンスの凄さに目覚めたのはずいぶん後なんですよ。最初はスコット・ラファロとビル・エヴァンスのインタープレイは瞬間のやりとりかと思ってたんですけど、練習している没テイクとかを聴くとかなり作り込んでるんですよね、そういうところも研究熱心っていうのはあると思います。
村井:ビル・エヴァンスはアグレッシヴな人だと本の中でも書いてらっしゃるけど、確かに実験精神に富んでいて、あれだけジャズ・ピアノの世界に革命を起こした人はいないですね。そこでビル・エヴァンスを開発部長だと書くところが、この本のいい所だと思うんです。じゃここで、一曲聴きましょう。『ポートレート・イン・ジャズ』から「枯葉」を。
「枯葉」ビル・エヴァンス
この後『ビジネスマンのための(こっそり)ジャズ入門』に登場するジャズ・ミュージシャンが次々に俎上に載せられ、ビジネス的視点からの人間分析、作品分析のトークがそれぞれの作品を聴きながら二時間以上に及び行われた。
そして最後、トリを飾るのはやはりこの人ということで、マイルス・デイヴィスの話になった。
村井:この本の最初の部分に出て来るのが“鬼上司”マイルス・デイヴィスで、彼は人を使うことに対して凄く才能のある人。ワンマンに見えるけど柔軟な人で、そのミュージシャンの一番いい部分をどうやって引き出すかというのを考えていて。
高野:すみません、話は飛ぶんですけど人事って面白いらしいんですよ。社長を勇退して会長になって、実権は部下に任せて第一線からは退いてはいるんだけど“人事だけは俺にやらせろ”っていう人は多いみたいです。つまり科学変化を楽しんでいるわけですよ。こいつとこいつを組み合わせるとこの部署は蘇るかもしれない……と、将軍のような気分で兵士をどう組み合わせるのかを楽しんでる。野球でもそうですよね。
村井:監督の采配で
高野:先発投手を誰にして……っていう楽しみはあるみたいですね。マイルスってそのミュージシャンの才能を見抜く力というのももちろんあるんですが、組み合わせる力がある。
村井:そこは上手いですね。
高野:こいつとこいつは相性は悪そうだけど、組み合わせたら何かおもしろいことが起きるんじゃないかって。
村井:ジョン・コルトレーンを連れてきたときは、最初皆に文句言われたらしいですけどね。レッド・ガーランドと組み合わせるなんて普通の人は考えつかないよね。
高野:ああいう綺麗なピアノに、ドラムはバシャバシャうるさく叩くフィリー・ジョー・ジョーンズを配してみたりして。そういう人と人をぶつけることによって、自分が想像している以上の何かを生み出すような楽しみを持っていた人なのかもしれないですね。
村井:よく言われてるじゃないですか、(マイルスは)不思議なことをさせるって。ハービー・ハンコックがスタジオに呼ばれて行ったら、エレクトリック・ピアノが置いてあって、「これをお前が弾くんだよ」って言われて、「え〜〜」ってなった(笑)。
高野:そういう突拍子もないことをいきなりやらせることで、馴れとか手癖みたいなものをシャットアウトしてしまうというところもありますよね。
村井:『イン・ア・サイレント・ウェイ』で、ジョン・マクラフリンに「今まで一度もギターを弾いたことがない気持ちで弾け」って言ったら、マクラフリンはすごく困って「そんなこと言ったって、俺ギター弾けるのに……」って。
高野:『パンゲア』ではアル・フォスターがシンバルを殴るように激しく叩いてるじゃないですか、アル・フォスター自身は繊細なレガートが売りだと思っていたのに敢えて違うことをやらせることで、その人が自分で持っているセルフ・イメージの持ち味とは違う所を引き出すのが上手いですね。
村井:結構無茶振りをするんだけど、それが上手く行くというのも凄いですよね。
高野:いきなり編集者の村井さんに「明日から営業で書店を回ってこい」って言ったら意外と村井さんが凄い営業マンになっちゃったり……みたいな(笑)。
村井:話は全然飛びますけど、マイルスっていいヤツなんだよ(笑)。新しいブートレッグ・シリーズで、なんとマイルスの家にウェイン・ショーターが訪ねて行ってリハーサルをする音源があって、これがなぜ残っているのかわからないんだけど、マイルスはテープを廻してたんでしょうね。
高野:それは聴きたいなぁ。
村井:ショーターが入って行くと、マイルスは何か食べてて、「お前ハンバーガー食うか?」って言うんだよね。ショーターが「いや、いいっす」って言うと、マイルスは「ハンバーガーはダメか、それじゃステーキでも焼かせるか?」「いや、いいっす」「じゃあビールでも飲むか?」ってマイルス凄くいいヤツ(笑)。
高野:(笑)怖い上司に気を使われると却って恐縮しちゃうとこありますよね。
村井:ショーターは結局何もいりませんって。
高野:だっていきなり平社員が社長から「なんでもいいから、寿司でも行くか?」って言われたら、「いやっ……」ってなりますよ。
村井:というわけで、最後は時間まで曲聴きましょう。
高野:〆はマイルスで。
村井:いきましょう。何にします?
高野:最初に戻るんですけど、“ジャズはドラムで聴け”ってことで、ドラムが一番わかりやすいので、反省しないトニー・ウィリアムスがバシャバシャ叩いているのと言えば『フォア・アンド・モア』の「ソー・ホワット」じゃないかなと思いますね。
村井:じゃあ『フォア・アンド・モア』の「ソー・ホワット」を。
「ソー・ホワット」マイルス・ディヴィス
村井:大変なものですね。
高野:すごいですね。
村井:1964年の2月のこのコンサートは有権者登録運動の資金集めのチャリティ・コンサートだからノーギャラで、マイルスはそのことを知ってたけど、他の人は当日まで知らなかった。で、楽屋で「俺聞いてねぇよ!」ってことになって凄い険悪になったんだって。で、こういういい演奏が生まれた(笑)。
高野 :マイルスの自伝に書いてありますよね。チャールス・ミンガスの『チャールス・ミンガス・プレゼンツ・チャールス・ミンガス』でもギャラとかを巡って楽屋でひと騒動あったらしいです。でもひとたび楽器を持っちゃうとそんなことは関係なくなっちゃうのがジャズマンの性なんでしょうか。
村井:マイルスがそこまで読んでたら凄いね。というわけで今日は楽しいお話を高野さんとさせていただきました。ありがとうございました。