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『「ビートルズと日本」熱狂の記録』の出版記念トークイベントが4月2日、3日の2日間に渡り、それぞれゲストを迎え行われた。同書は大村 亨氏が「現役時代のビートルズは、日本ではどのようにマスコミに取り上げられていたのか?」という視点で作成した膨大なデータをベースに編集された500ページを超える大書。初日はゲストに藤本国彦を迎え、同書の編集を担当した美馬さんの進行により、尋常ではないその制作過程や、その中からあぶり出された新たな疑問などが明らかにされた。

ここまで深く掘り下げた日本にまつわるビートルズ本はなかった

大村:今日はお集まりいただきありがとうございます。まず、なぜこういった本を作ることになったかという経緯を話させていただきます。「ビートルズ事典」(1974年刊)の著者で香月利一さんという日本のビートルズ研究の第一人者がいらっしゃいました。その著書の中に、今日のゲストの藤本さんが編集された香月さんの遺稿集「ビートルズ研究 毒・独・髑・読本」(2000年刊)というものがあり、その中に朝日、読売、毎日の三大紙のビートルズ関連記事のリストがあって、それを見たときに、これはどうやって作ったんだろうなって思ったんです。それでまず衝撃を受けて、図書館に行ってそのリストを頼りに記事を探しました。ただそのリストには新聞名、日付、見出ししか書いてなかった。それで気付いたのですが、おそらくあの方はスクラップを持ってらっしゃったと思うんです。それをまとめたのがあのリストではないかと。そこで、それを僕なりにわかりやすくリマスターして完璧なものを作りたいと思い、リストに載っている記事を縮刷版で調べ、朝刊・夕刊の別やページ番号、記事の概要などを追加する作業を始めました。そうしたら、そのリストにない記事、例えば映画の告知や広告があることに気付いてしまったんです。元々凝り性なので、じゃあその完全版を作ってやろうと思い、とりあえず発表などは考えず趣味として新聞を端から端まで読むという作業を始めました。

── それは何年くらい前のことですか?

大村:2010年の夏頃です。それから作業を始めてまず三大紙のデータを作ったんですけど、実は僕が思っていたよりビートルズの事は書かれてないんです。1966年の来日の年はそこそこあるのですが他の年はあまりない。で、これまで出たいろいろな書籍に掲載されてる断片的なビートルズの記事を見ると、それはたいていスポーツ紙のものだったので、じゃあスポーツ紙もやるしかないと、また同じように端から端まで読んで記事を探しました。

── それはビートルズという文字が載っているものすべてですか。

大村:そうですね、新聞を開いて上から下までず~~っとビートルズの文字を探して、見つかると新聞名と日付と見出し、記事概要などを書き出しました。これを終えると一応の達成感があったので、出来たリスト、目録を出したかった。後はこれを見たみなさんが研究しませんか、面白いですよ…ということで。

2015年、ポール・マッカートニーが来日した時の来日記念ムックに書いた大村氏の原稿が編集者の目に止まる。この時は別内容の本の執筆の依頼だったが、そこで氏が見せた自作の完全版リスト「取材ノート」(B5大学ノート17冊!)を埋め尽くした異常に細かい記載に別企画が持ち上がり、それが『「ビートルズと日本」熱狂の記録』につながる。

── その取材ノートを見た時に戦慄が走りました。こんな細かい作業を出す当てもなくひとりでやっている人がいたんだ、この人はただ者じゃない…と。

大村:そこで、リストよりもまず総論的な物を出してみてはどうかというアドバイスをいただいて、それがこの本につながっていくんです。

── この本を書いてみて分った事とかはありますか?

大村:僕は1969年生まれで、ビートルズというのはデビューの頃からすごい騒ぎで、解散するまで大スターだったという印象が強いんですが、実はそうじゃないんじゃないか…と。ビートルズの報道というのは、来日(1966年6月29日~7月3日)をピークとして、確かに66年は社会的なブームで、これは僕ら音楽ファンの認識と変わらないんですが、彼らが日本を離れてから7月下旬にはあっさりと記事が減り67、68年には冬の時代になる。思い描いていた大人気のビートルズというのとは違うなと感じました。

映画館でビートルズ映画に悲鳴をあげスクリーンに駆け寄るという状況も、実は限られた日にしか起こっていないことなどが報道された記事から明らかになる。またビートルズ来日時の到着時刻についても、新聞、雑誌により違った報道がされていたことも明かされる。

大村:新聞、雑誌を隅から隅まで読んでビートルズの記載を探す作業というのは、やっていて全然苦にならなかった。僕はサラリーマンをやっていて週末しか時間がないので、土曜日は朝から夜まで国会図書館、大宅壮一文庫、近隣の図書館に毎週末通ってました。

── サラって言ってますけど、よく考えたらこれはかなりクレイジーなことなんです。5年間毎週末、開館から閉館まで図書館に通いその作業に費やして、どこに出す当てもない資料をまとめてたんですから。

大村:趣味なので、最悪、本にならなくても、データをエクセルにまとめてネットにアップして、みんな使っていいよ…にしようと思ったんです。ネタはまだまだあります。まずテレビ。僕が新聞のテレビ欄を63年から70年まで調べたらビートルズ関連のテレビ番組は99個ありました。後はラジオ。これは当時の日本の若者が一番接しやすいメディアでした。これも番組表をまた端から端まで見て、少なくとも新聞に載っている番組と曲は全部エクセルにしました。まだ詳細な分析はしていないですが、日本で一番多くかかった曲であるとかもそこで見えてくると思います。後は当然レコード。そしてテープ。テープってすごい面白くて、当時はカセット・テープじゃなくて8トラックのテープがメインだったんです。[※2トラックのステレオ・チャンネルが4本(合計8トラック)のエンドレステープに、一方方向4つのプログラムが平行して収録されている]。4本のチャンネルの収録時間が同じなので、アルバム1枚を入れようと思うと、曲順が入れ替えまくりになったりして結構無茶苦茶やってるんです。ビートルズで言えば、僕らが知ってる『ラバー・ソウル』って英国盤と同じですけど、8トラとカセットは米国の編集盤を出してたりしていて。これもまとめられればなと。ネタとしては本5~6冊分はあると思います。

ここで初日のゲスト、日本におけるビートルズ研究の第一人者、元CDジャーナル編集長の藤本国彦さんが招かれ第二部が始まった。

report160402_01藤本:読ませていただいて、香月さんの本のテイストにすごく近いなと思いました。大村さんが全部足で稼いで作ってらっしゃるところが。達成感がありますものね。で、まずこの本の良さは事実に則っているところで、その視点がジャーナリスティックですね。決して断定はしないという。
大村:僕の中では、記録と記憶というのをキーワードにしていて、こういう懐古的な本になると、当時を体験された方がその記憶の範囲で記憶を元に書かれていて、それはそれで非常に重要なものなのですけど、やっぱり断片的になってしまったり後で記憶が変わってしまったりしている。僕は元々システム関連のSEで、あやふやなところは妙に嫌なタイプなので、記録をベースにしたこの形になりました。
藤本:時系列的に62年の終わりから70年末まで全部網羅して、当時語られた事実を検証していくというのは本としての信憑性がすごく高いですね。例えばレコードの発売日とかに関しても断定せずに、いくつかの説を挙げて書いてらっしゃる。今は「便利」な世の中なので、受け身でも、ある程度の情報は得られる。でも、60年代当時はインターネットもなかったので、情報が正しいのかどうか確証がない。大村さんは、当時の情報を鵜呑みにせず、自分の頭を使って結論に至るまでを考える。その道のりがこの本には明確に出ていますね。それと、巻頭に菅田さんがお書きになっている『ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ』ですが、これも、66年の来日の1年以上前から動きがあってその証言も残っているということまで調べ上げている。
大村:レコード番号からしてあれは65年の番号なんです。
藤本:そういうところをちゃんと検証して、ジャケットに使われた“ひよこの絵”を描いた方の証言が掲載されたその頃の雑誌記事まで発掘されている。でも断定はしない書き方なんですね。
大村:体験していないから断定できないんですよね。とりあえず新聞雑誌にはこう書いてあるよ、じゃあそれが本当かどうかはこれから検証しましょうということだと思うので、まずは問題提起です。
藤本:それから、週刊現代の64年1月30日号にグラビアでビートルズが出ていて、これが『ウィズ・ザ・ビートルズ』のレコーディング中のスタジオでメンバーを捉えたすごくいい写真なんですよ。闇雲に見ても見つからないこういった当時の記事を探し当てるのがすごいですね。他にもマニアックな視点で見たら、目からウロコ的なものもたくさんあります。
大村:この本を作る中で、実際に当時を体験された方たちとお話をさせていただいた中で、「ビートルズは当時そんなに騒がれてなかったよ、好きだったのはクラスで2~3人だった」という話をよく聞きました。僕には信じられなかったんですけど、どなたに伺ってもそういう話をされるので、これは間違いないなと。その世代の方は、当時からビートルズは大人気だったと神格化することに対してすごくフラストレーションを持ってらっしゃる。だから、「それは違うんだよ」ということを伝えていかなければいけないなと思ったんです。そういったことも、この本のテーマとしてはあります。
藤本:実際、当時の報道を見れば分りますよね。

ここで大村氏が作られた「63年~70年の三大新聞に於けるビートルズ記事件数変化を示す棒グラフ」が公開された。64年に上昇し始め、65年のMBE勲章授与で伸びたグラフは、来日に湧いた66年には一気に倍以上に急伸。しかし翌67年には1/5以下に激減、そして解散報道があった70年でもピーク時の1/3程度。この頃は「懐かしのビートルズ」的な扱いの記事だった。スポーツ紙8紙によるグラフもほぼ同様の傾向であった。さらに月別表示のグラフではその差がさらに10数倍にも拡大、来日直前の瞬間最大風速はそれ以外の8年分の報道を合算したものに匹敵し、このときは本当にビートルズ旋風が吹き荒れたことを数字が示していた。

report160402_02藤本:ファンがすごく多かったわけではないけど、来日近辺では社会現象になっていますね。実際に行かれた方たちから当時の話を伺うと、ビートルズ公演に行ったら停学だ、退学だといった話から、先生に言っておけばOKだったとか、病気だとか何かの理由を付けて行ったとか、みなさんあの手この手を使って日本公演をご覧になっていますね。
大村:この時代はやはり女性ファンがメインで、武道館も6、7割くらいが女性。ただ報道された写真とかではみなさん顔を隠してして、今みたいなカメラを向けたらVサインなんていうのはあり得ないですね。
藤本:お話を伺った女性ファンの方は、当時の雑誌などにも顔の出ている方がたくさんいますね。
大村:やたら写っているのが大阪から来たサングラスをした三人組の女性。これも調べてみたいですね、突き止めてください(笑)。で、テーマとしての「記録と記憶」。この本は記憶も若干入れてますが基本的には「記録」ベースなんです。ただそれだけだと客観性はあるんですが、知りたいところ、細かいところが抜けてしまったりしている。だからこの本をきっかけとして当時の方に、「ああそういえば、そういうことがあったよね」というのを思い出して「記憶」を引っぱり出していただきたいんですよ。その記録と記憶をミックスすると、初めて出来事が立体的に現れてくると思うんです。僕は「記録」をやりました、だからこれからは「記憶」の方を引き出していただきたい。この本が当時のファンの方、今は離れてしまったけど当時聞いていた方の手に渡ってそこから「記憶」が引き出されたら本望ですね。記録は後からでも調べられますけど、記憶は有限。まず間違いなくあと数十年でビートルズを直接体験した方はいなくなってしまう。
藤本:ジョージ・マーティンも亡くなりましたし。
大村:だから些細なことでもいいから残しておいて欲しいですね。それが正しいかどうかの判定は、後の世代に託したい。僕らは明らかに誤った定説、例えばビートルズの日本に於けるデビュー・アルバムの発売日であるとか、を書き換えてから後世に伝えていかなければいけないと思います。
藤本:おっしゃる通り、確かにこの本はそういったきっかけになります、それほど内容の濃い本ですよ。
大村:今までのビートルズ関連の本は、例えればカメラが常にビートルズを追いかけている状態。それぞれのライヴ会場とかにカメラがフォーカスするんですね。ところがこの本はタイトルにもあるように、カメラが日本に固定されていて、その前をビートルズが通り抜けたり、映画が公開されたり、新曲が出されたりする現象を捉えている。
藤本:ここまで深く掘り下げた日本にまつわるビートルズ本はなかった。
大村:日本には間違いなくビートルズ文化があったのに、それをまとめたものがほとんどなかったということに僕は何かもやもやしたものを感じてました。
藤本:ビートルズの現役時代を、日本を切り口にしてまとめるというこの労力はすごいですね。
大村:でも、苦労とは思ったことがなくて、ページをめくりながら次に何が出てくるんだろうというワクワク感が楽しみでした。
藤本:例えば、ビートルズ公演も最初は毎日新聞が企画していたのが、読売新聞主催に変わった。だから、毎日新聞がビートルズ騒動に対してちょっと批判的な記事を書いているのはそれが原因じゃないか…と邪推したりというのも面白いんですよ。
大村:事実が分かってくるとそういうことの見方も変わりますよね。そこは僕も気付かなかった。
藤本:あれこれ妄想しながらいろんな読み方ができますよね。

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この後、この本のベースになった大村氏直筆による超几帳面に綴られた17冊の取材ノート、66年にニッポン放送でオンエアされたその時点でのビートルズ全曲をかけたという特別番組「ラジオ・ビートルズ全集」の放送台本、オークションで入手されたという、ビートルズがテレビショーでシェイクスピアの「真夏の夜の夢」を演じた時に、ポール・マッカートニーが着ていた衣装が披露された。

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写真左から藤本国彦氏、大村 亨氏、

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「ビートルズと日本」熱狂の記録

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